1.アペリティフ
浮き上がっているのが見え見えの刑事のセリフの後から、短くヤコが笑った音が聞こえる。
「そうですね。そうかも、しれない。
行きましょう、笹塚さん」
そして、遠ざかっていく足音。
遠ざかる。
ヤコが。我が輩からか?
バカな。奴隷人形は遠ざけられるものではあっても、自ら主の下を離れるものではない。
離れられる道理が、ない。
一歩踏み出しかけた足を、首筋に絡みついたままの腕に遮られた。
「下ごしらえは、上々、ね」
唇を離してもしつこく我が輩の胸の辺りに寄せていた顔を上げ、女はゆっくりと舌で自分の下唇をなぞった。
「あなたも、食前酒としてはなかなか上等だったわよ、助手さん」
右手の人差し指を我が輩の唇に差し当てると、すい、と横に引いてみせる。
その手を払うついでに拘束すると、人間の女が少々痛みを感じる程度に力を入れて、‘助手’の顔で笑ってやる。
「一体、どういうつもりなんです?」
「あら、判ってるのかと思ってたわ」
「いいえ、僕には何のことやらさっぱり。推理の力は先生のものであって、僕は単なる助手ですから。
謎かけは止して下さい、アヤ・エイジアさん」
「あら、そうなの」
さっぱり意に介さないように、相槌を打つと、女はさらりとこう、告げた。
「簡単なことよ。メインディッシュに仕立てようと思っているだけ」
to be continued...