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たままはなま
たままはなま
novelistID. 47362
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Fall 5 (完結編)

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Fall 5



話題は、子供が何を望んでいるのかに替わっていた。まずは契約の内容を絞り込まなければ、それを叶える事が出来ないからだ。漠然としたものではきちんとした契約を成立させられない。何を願うのかを子供に訊ねた。
「“伯爵”の一番強い願いをおっしゃって下さい。僭越ながら、私がその願いを叶えて差し上げましょう。」
胸に当て礼の姿勢を取ったのはただの気まぐれから出た戯れだ。そんな私の姿に目を眇めて、さも胡散臭そうに子供は見ていたが、やがて、意を決したか、彼は口を開いた。
「僕の望みは、僕の両親と屋敷の者全員を殺させ、屋敷ごと焼き払った“死神”の創始者を洗い出し、死に追いやる事だ。その為に、まず“死神”を壊滅させる事から始める。お前にそれが出来るか?」
この子供は、どうやら“死神”の標的にされた誰かの遺児らしい。という事は、彼の両親は、やはりそれなりの地位と名声を持つ者だったという事だ。その仇を打ちたいという凄まじい執念が、彼の原動力となっているようだった。私としては、そういう魂ほど美味であり、これから傍にいるとしたら、更にその魂を私にとって理想的な味にしていけるので、大変に仕え甲斐のある主となるだろう。
「“死神の創始者についての情報は、“死神”にも定かには伝えられてはおりません。また、軍内部にもその情報は最重要機密事項として保管され、簡単に近付けるようなものでもありません。ですが、貴方がそれを望むなら、私は貴方の駒として、必ずお力になります。」
しばしの沈黙が落ちた。彼の事だ、“死神”の創始者についての情報は極秘である以上に、知っている者を探す方が難しいくらいに、完璧に、語られる事のない様に操作されているのを掴んでいるに違いなかった。今現在は“死神”側に居る私も、それを未だに察知していないくらいだ。その希少な情報を得る為に、彼は動くと私は確信した。
「いいだろう。お前の甘言に乗ってやる。そのかわり、使い物にならなかったらただで済むと思うな。」
この私の正体を知って猶、威嚇しようとするとは無謀な子供だ。この様子ならば、退屈な日々を少しの間はしのげそうである。
「では、契約を。」
そう言って子供に近付こうとした私を、手を上げて制止する。
「その前に、これも契約内容の内に入れておけ。僕の命令は絶対だ。そして勝手な事はするな。決して僕を裏切るな。嘘を吐く事は例外なく認めない。」
「かしこまりました。“伯爵”の仰せのままに。」
頷いた子供の顎に手を掛けて上向かせると、私は右の目を舐めた。子供は一瞬、体をこわばらせ、小さく呻きを漏らした。じんわりと彼の右側の瞳いっぱいに薄紫色が広がり、その中に逆五芒星と呪の文字がくっきり浮かび上がっていく。同じものが、私の左手の甲にも浮き上がる。
「ああ、綺麗に収まりましたね。貴方の右目には、私のこの左手にあるものと同じ契約印が刻まれました。これで契約は成立です。」
「ふん、あっけないな。もっと苦しむものかと思っていた。」
苦しくなかった筈はない。その証拠に、額にうっすらと汗を滲ませている。私でさえ、契約印が刻まれる時、苦痛を感じるくらいなのだから当然だ。だが、彼は子供の身で、その激痛に微かな呻きだけで耐えきった。主となったこの子供は、ただならぬ覚悟を、この小さな体に押し込んで闘っているのだろう。これから先を思うと、私は楽しみでならない。彼の願いが叶えられ、その魂を喰らう時、どれ程に美味になっている事だろうか。
「では早速だが、“死神”の構成メンバーの詳細から訊かせてもらおうか。その前に、うちの者達を部屋に呼んで来い。」
契約が成立した途端にこれである。人使い、いや、悪魔使いの荒い主になるかも知れないと思う私であった。それはそれで面白いので、別段に構いはしないが。

この日を境に、私は“デビル”から“バトラー”へと転身した。“仕事”の内容も、命を奪う側から護る側へと変わり、“伯爵”の身の回りの殆どの世話も私がする事となった。“伯爵”は右目の契約印を“ファントム”のメンバー以外の者に知られないために、事故で怪我を負った為と偽って、右目に革のアイパッチを着けるようになったが、それを外すのはメンバー以外の者がいない場合と、私に命令を下す時のみ。それが、“伯爵”が私に帰属しているようで気に入っているとは、彼は知らない。
今日も、“死神”の計画を阻止し、狙いの人物を捕まえ、ついでに補助として現れた一人を仕留めた私に、“伯爵”からのご褒美を強請る。これは私だけの特権である。
「“伯爵”、今日も私は良い仕事をしたでしょう?」
“伯爵”を胸に引き寄せた私を、彼は鬱陶しがるような目をして見る。しかし、契約の内容として了承済みの事柄なので、私の腕の中から逃げようとはしない。
「まあまあだったな。」
それはある程度満足している時の彼の言い回しで、そうでない時には容赦のない厳しい叱責の言葉が、少女もかくやという花弁のような口から飛び出すのである。どちらかというと愛らしい部類に入る容姿と、この非情なまでに激しい性格のギャップも、私は好ましく思っていた。
今回のミッションは、某国際的優良企業のCEOが“死神”のターゲットとなるように“伯爵”が仕組んだものであった。この人物に関しては、常日頃からのガードが非常に固く、移動の際には彼専属のシークレットサービスが数人、常に周囲を囲み、パーティーなどでも簡単には近づけないほどであり、そこを逆手に取って、わざとシークレットサービスの一人に空きをつくり、“死神”を潜入させるように仕向けるというものだった。思惑通り、ある“死神”が潜入してきたところを捕まえたのである。
私は寝返ったと思われない為に、“ファントム”によって始末されたように偽装されており、
よもや“死神”の顔を知る者がいようとは知られていないので、捕まえた時、相手は声も出せない程に驚いていた。あの時の顔を思い出すと、可笑しくてならない。
その今日の収穫は、“死神”の中でも新人ながら一桁ナンバーを誇るロナルド・ノックスだった。元同僚といえども、私は彼を捕まえるのに躊躇など無い。そのような感情も感傷も“悪魔”は持ち合わせてはいないのだから当然だ。
“死神”は、ウィリアム・T・スピアーズを筆頭に、ナンバー2にグレル・サトクリフ、その他の格段の暗殺の腕を持つ一桁ナンバー達、そしてそれなりの腕の二桁ナンバー達で構成されている。私に与えられていたのは、別格の0ナンバーだった。“伯爵”が欲しがっている機密情報に近寄りたければ、一桁ナンバー達を捕らえ、抹殺していく方が、敵の動揺を煽るという点で近道なのだ。しかも今回は、“メイド”が拾ってきた情報がなかなか興味深いものであった。あくまでも噂の域を出ないが、“死神”創設に“葬儀屋”と云われる人物が係わっていたのではないかというのである。それは、私も初めて耳にする名であった。所属も素性も誰にも分からないとなれば、かなり怪しいとみて間違いないと思われる。ミッションの度に着実に彼に近付けるとは限らないが、これからは“葬儀屋”の情報に気を付けるようにと“伯爵”からの命が下り、私たちはこれから一層神経を張って“仕事”に取り組む事になったのだった。
作品名:Fall 5 (完結編) 作家名:たままはなま