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彗クロ 4

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 一方的に利用されるのは気に入らないが、利用し合う余地があるなら話は別だ。感情の入り込まない、利害一点に基づく相互関係はシンプルでとてもわかりやすい。逆に、そうでもなければ危なっかしくて、オリジナルとはまともに付き合えたものではないのだ。……そういうことにしておいたほうが、精神衛生的になにかと好都合でもある。
 仕方なしに割り切って顔を上げ、レグルもさりげなく捜索に加わる。しかし身近に売り子の姿を見つけるのは、意外と至難だった。
 女の請け負ったとおり、貴賓席の真下は闘技場全体を見渡せ、かつ舞台から遠すぎもしない、絶好の位置取りだった。全席指定席らしく、客の入りも急いていない。司会が前座めいた余興に勤しんでいる現段階では、立ち見もちらほら見受けられる自由席に比べると、まだまだ空席が目立っている。
 実利に忠実な売り子たちは客足の密度の高いスタンドで大いに精を出しており、指定席のほうに見向きする余裕もなさそうだ。高額チケットに対するサービスがなっていない、とか、業務表を再提出させなくては、とか、隣から低いトーンで呟かれるなんだか不穏な言葉を片耳で聞き流しつつ、レグルはふと上げた視線の隅に鮮やかな赤を認識した。
「……あっ」
 円形闘技場をぐるりと取り囲む高層建築の一角だ。貴賓席のほとんど正面。古めかしい石造りの壁面に、巨大な窓ガラスがはめ込まれている。室内は暗く、窓枠の内側で絵画の隅に染み着いたような人影は輪郭も判然としないが、わずかに垣間見えた印象的な赤の色を、レグルが見間違うはずがない。
 レグルはとっさに小さく手を振った。とはいえ、向こうから人込みの中のレグルを見つけるのは難しいだろう、と思い至って、怖じ気付いたように手を止めてしまう。
 窓辺の人影はやはり動かない。「見つけてはくれないのか」。八つ当たりじみた的外れな不安が一瞬こみ上げた。
 だから、ずいぶんとじれったい時間差を置いて、ゆっくりと手が振り返された時には、この世のすべてが救われたかのような、途方もない安堵がレグルの身の内に広がっていった。
「――あら、お知り合いでも?」
 傍らから問われ、レグルははっと我に返った。顔面に熱が殺到し、とっさに、半端に持ち上げたままだった手で、しまりなくにやけていた口元を隠す。
「だッ、ぃや、だっ誰も……っ」
「そうですか? でも、手を振っていらしたでしょう? ずいぶん親しそうなお顔でしたけれど」
「〜〜〜あぁー、や、その……に、似てる気がしたってだけで、たぶん人違っ、――ッい……?」

 言い繕おうとした思考を一瞬、痛いほどのノイズが襲った。

***

 窓辺の人影は息を呑み、そして、立ち尽くした。

***

 頭蓋をガッチリ押さえつけられるような違和感が頭痛の一種なのだと自覚した時には、脳裏の騒音も耳鳴りもあっけなくやんでいた。痛みに苦悶するタイミングすらなく、レグルは瞼をぱちぱちと往復させて、なぜかきょろきょろと周辺を見回してしまった。
「どうかされまして?」
「今、なんか、変な感じが……」
 メリルが怪訝げに覗き込んできても、それ以上の困惑で返すしかない。
 ほんの一瞬のことだ。ただの気のせいだったで片づけられそうなことなのに、妙に引っかかる。経験のない痛み、けれど、既視感を禁じ得ない悪寒……
 ――くきゅるる。
 可愛らしい虫が鳴いた。
 レグルは口元を半端に開いたまま、胡乱に隣を見やった。女の視線はレグルのそれとシンクロしたようについとそらされ、明後日の方向を見やりながら、なかなかつかまりませんわねぇ、などと白々しく呟いている。……本物のハラヘリか。大人の余裕とかぜんぜん関係なかった。
 いろいろとどっちらけた気分でため息を膝に向けて落とすと、黄色いポシェットが否応なく視界に飛び込んできた。そういえばここにも馬鹿馬鹿しいブツがひとつ……と思い当たって、レグルは気持ち厳重に封印したチャックを躊躇なく開いた。まだ温もりを維持した甘い香りが、ほのかに立ちこめる。
 小綺麗に包装された可愛らしい包みが、ふたつ。
 隣から手元を覗き込まれている気配に、みたび視線を横へ滑らせると、上目になるまでもなくほんの間近、同じ高度で、まんまるな緑のふたつぶと目があった。
 なんともいえない間の抜けたお見合いののち、レグルはぼそりと問うた。
「……。食う?」
「ええ、是非」
 返答は神妙なうなずきとともに提示され、かくて推定二十代男子お手製の甘味は、観戦のつまみに消費されることが確定された。
 上流階級に相応しからぬ庶民的な菓子を、メリルはご満悦の様子で咀嚼している。……なんというか、これを寄越してきた野郎は、今現在レグルが陥っているこの事態まで見越していやがったんじゃないかという悪寒さえして、いっかな落ち着かない心臓含め、レグルとしては実にまったく面白くない。
 眉間にしわを寄せ、嫌みすら感じる素朴な美味と絶妙な食感を奥歯で乱暴に噛み砕きながら、レグルの視線は自然、上を向く。
(あれ……?)
 漫然と視界に入れた窓辺に、人影は、もうなかった。
 わけもなく胸に芽吹きかけた小さなざわめきは、にわかにボルテージを上げた歓声に押し流される。舞台中央、司会者がもったいぶって焦らしながらも、待ちくたびれた観客を煽っていく。いよいよ本戦の開幕だ。うきうきと身を乗り出すレグルを、メリルのやさしい視線が見守る。
 やがて来る日没を待たずに闘技場のライトがまばゆく舞台を照らし出し、無人の室内は人知れず、闇の帳の向こうへと完全に隠された。

作品名:彗クロ 4 作家名:朝脱走犯