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彗クロ 4

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 ルークにとっては永劫忘れえぬ地だが、レムの塔と彼女に何か関連性はあっただろうか? ……『アッシュ』の記憶を探ったところで、答えは出るはずもない。そのころ面識があったのは『ルーク』だが、さて……。
「塔の、あの時……――い、いえ、あの、フォミクリー、なのですが」
 厳格に仕分けした記憶の箱の蓋に手をかけるか否か。逡巡するルークの目を、セシルは初めて直視してきた。辛うじて抑制された眼差しの奥に、取りすがるような必死さが明滅している。
「一人の被験者から、二人以上のレプリカが複製されるということは、ありえるのでしょうか……?」
「何?」
 ずいぶんと話題が飛躍した気がする。いや、レムの塔ならば、レプリカを連想することもあるだろうか。
 肩透かしを覚えつつも、ルークは少し目線を飛ばした。フォミクリーに関しては門外漢も同然だ。十年間、あのヴァン・グランツの下についていたというのに我ながら暢気なものだと呆れてしまうが、しかし当時は当時なりに精神的に追い詰められていたのだ。レプリカにまつわるあらゆる事柄に、目を背けずにはいられなかった……
「……導師のレプリカは、少なくとも七体複製されたと聞いている。俺が知る限り、確実に三人は同時に存在していた」
「……」
「ヴァンの目的は現人類を丸ごとレプリカに置き換えることだったから、おそらく同質個体の複数生産は避ける傾向にはあっただろう。事実、今日までに保護されたレプリカたちの中に、被験者が重複している個体は一切確認されていない。だが、導師のレプリカの例からも、必要とあれば同一被験体による複数のレプリカの作成はいつでも可能だったと考えるのが妥当だ」
「そう……そうですか」
 さしあたって思いつく限りの関連事項を列挙してやると、セシルの声音は如実に熱を失った。瞳はまだ迷いに似た何かを秘めてはいたが、ひとたび射した得心の影には抗えず、暗い理性の紗をまとってそらされてしまう。
 状況が呑み込めない。ルークは眉間の皺をいっそう深くする。
「詳細はベルケンドか、バルフォアあたりにでも照会すべきだ。フォミクリーに関する情報の開示はいまだに制約が多いが……今の俺ではパイプが機能するかは怪しいが、陛下やナタリアに働きかけることはできる。それとも直に請願するか? 中将の普段の働きを思えば、無下にはされないだろう」
「いいえ、それには及びません」
 セシルの応答は意外なほどに芯を持って響いた。憂いの色濃いままに、それも背筋はしゃんと伸ばされ、深々と頭が下げられる。
「御前で取り乱した無礼をお許しください、ファブレ子爵閣下。そしてどうか、この件は、いずれの方にも内密にお願いします」
「あ、ああ、かまわないが……それでいいのか?」
「ええ。何もかも忘れてください。――失礼します」
 取り付く島もない性急さで話題は打ち切られ、白い裾が翻る。あとはもう、見慣れぬ衣装を儚げにはためかせながら足早に住宅地へと吸い込まれていく後姿を、ルークは立ちすくんだまま見送るばかりだ。
 ……いったいなんだったんだ。腑に落ちない心境が独白となって落ちる。
 話の後半はずいぶんと我を取り戻したように見えたものの、結局一度も敬礼がなされず、貴人を前に帽子を取ることも忘れていた――所作の端々に窺える違和感が彼女の動揺を語っているのではないか。かとはいえ、どこまで踏み込んだものか……今のルークでは、『ルーク・フォン・ファブレ』と彼女との適切な距離感がわからない。……やはり、『箱』を開けるべきなのか。いやいやあそこまで明確に拒絶されておいて、そこまでしてやる義理があるか? 答えの出る気配のない葛藤に、ルークはうなる。
 どちらかといえば打ち捨てるなり棚に上げるなりしておきたい類の問題だ。普段ならば容赦なくそうしていただろう。だが、なかったことと目を逸らすには、彼女の放った一言が、妙に気にかかる。
「……二人以上のレプリカだと……?」
 視線は自然、彼女が降り立った乗降口へと向かう。バチカル正門の階層に直通している昇降機だ。
 彼女はいったい、城下で何を見たというのか……

作品名:彗クロ 4 作家名:朝脱走犯