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蒼氷(そうひ)@ついった
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novelistID. 2916
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五月雨

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ビニール傘の表面に当たっては砕けていく雨粒を見ながら、俺はふと思ったことを口にした。

「あ、名前聞いてなかったよな」
「俺、は…名乗るほど大した奴じゃないんで」
「江戸時代の武士かよ、お前は」

笑い声が、水滴に吸い込まれるように落ちる。
何とはなしに右側を見遣れば、パタパタと水滴を浴びてさらに濃くなった黒があった。

「おいおい、肩濡れてるぞ。もっと内側に入れって」
「あ、いや、俺のじゃないですし、俺身体だけは頑丈なんでホント平気なんで」

口を開けば、慌てたように理由を捲くし立てる。
もしかしなくとも距離を置かれているのは、一目瞭然だった。

「後輩が遠慮すんなって。先輩には甘えられるうちに甘えとけよ」
「…あの、どうして俺が後輩って、」
「お前、2年の平和島静雄だろ?」

名前を口に出した途端、ハッとした顔で俺を見る。
気付けば、いつの間にか立ち止まっていた。
静雄は俺の次の言葉を待っているらしい。と同時に、それに酷く怯えているようにも見えた。

「まあ俺は噂とか気にしない性質だし、後輩となれば誰とでも仲良く――」
「怖く、ないんですか」

伏せられた睫毛が、雨に溶け出しそうに見えた。
下から覗き込もうにも、完全に俯いてしまったそいつの真意を図ることは出来ない。

「何で俺がお前を怖がる必要があるんだよ」
「でも、」

息巻いたように、顔が上げられる。
それこそ雨と混ざり合ってしまいそうな程、ぐしゃぐしゃの表情がそこに在った。
湿気を帯びた金髪に、右の指先を突っ込む。
そのままぐしゃぐしゃと掻き回しながら、俺は静かに口を開いた。

「友達に、怖いも何もないだろって事だ」

ふ、と唇の端を上げて笑って見せる。
何やら顔を赤くして俯いたそいつは、やっぱり猫みたいだと思った。
作品名:五月雨 作家名:蒼氷(そうひ)@ついった