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らんぶーたん
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小説インフィニットアンディスカバリー第二部

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 潮風に導かれるように入り口からまっすぐ進めば、街の中央にある広場に到着する。その向こう、北側には定期船が係留する港と倉庫群が並び、足を運べば潮の香りが密度を増し始めるだろう。広場の周辺には宿や酒場が並び、取れたての魚介類を中心に生鮮食品を商う露店から、客を呼び込む声が途切れなく聞こえてくる。
 はずだった。
 海運の拠点の一つであるはずの港町が、このときは沈みに沈んでいた。厚い雲がでているわけでもないのに、街全体が色褪せて見える。露店は開いておらず、行き交う人々の顔も一様に暗かったが、その理由が月の鎖にあることは想像に難くなかった。
「いったい何があった?」
 エドアルドが住民の一人に呼びかけた。
「ん、ああ。鎖がな」
 力ない視線を海岸線の方へと向け、住民は続ける。
「あれが打ち込まれちまってからは海が荒れてな。まともに漁も出来ないし、定期船も入ってこなくなった。オラデアにはモンスターが出て、陸路も機能していない。気分は陸の孤島だよ、まったく……ん?」
 そこまで言った住民の視線がふいにカペルのところで止まり、重苦しい表情が一変する。
「お、おい、あんた!」
「ぼく?」
「もしかして光の英雄シグムントじゃないか!? ってことはあんたたち、解放軍なのか?」
 そう問われ、カペルは気持ちだけあごを引いて答えた。
「そうです。僕が光の英雄です……いてっ」
 横に並んでいたアーヤに唐突に足を踏み抜かれ、カペルは小さく悲鳴を漏らした。腕をぐいと引かれて顔を寄せると、アーヤが小声で怒鳴りつけてくる。
「ちょっとカペル! シグムント様が自分で『光の英雄です』なんて言うわけないでしょ!!」
「そうなの?」
「そうよ!」
 どうやらまたミスをしてしまったらしい。ヴェスプレームの塔からフェイエールに帰還したときもそうだった。迎えに出てきていた親衛隊との応対を上手くやれず、あのときはユージンさんに庇ってもらったのだ。
 そのやり取りを見ていた住民が怪訝そうな顔を浮かべ、「……本当に解放軍なのか?」と問うので、カペルとアーヤは慌てて取り繕うとした。しかし上手く言葉にならない。
 まずい、と思ったのも一瞬、
「安心しろ」
 とタイミング良くエドアルドがカペルと住民の間に割って入り、こう告げた。
「あの月の鎖はわれわれ解放軍が切って捨てる。住民はそれまで慌てずに避難してくれていればいい」
 その力強い声は、歴戦の戦士たち、解放軍というイメージに遜色ない貫禄があった。それで信用したのか、集まってきていた住民から歓声が上がる。
 怪訝そうにしていた住民も同様で、カペルに向かって、正確には、光の英雄に向かって言う。
「それじゃあ、まずは宿屋に案内させてもらうよ。そこで話をさせてくれ」
「あ、ありがとうございます」
 もう一度あごを引いて、できるだけ低い声で答えてみる。
 横でアーヤが頭を押さえているのが見えた。これもまずかった?


 住民の話によれば、月の鎖が打ち込まれたのはショプロン村の鎖より前のようだった。対応に追われていたことと、オラデアのモンスターが凶暴化していたことがあって、フェイエールの方まで連絡する余裕が無かったらしい。
 月の鎖が打ち込まれた場所は、ザラの北西の外れ、岸壁に穿たれた空洞を抜けた先にある海岸線ということだ。モンスターが出るようになってしまってからは村人は誰も近づいていないという話で、今、そこがどうなっているかはわからない。
 月の鎖を打ち込まれてからは海が荒れてしまって、定期船はおろか、主産業である漁業もままならない状況らしく、一刻も早く斬って欲しいと言う住民に「すぐに向かう」と答えたカペルたちは、旅装を解いて準備に取りかかっていた。
「カペル、おまえはもう喋るな」
 抜き身にした剣の状態を確かめつつ、エドアルドがこちらを見ようともせずに言った。
「えっ?」
「おまえが喋るとボロが出る。黙って後ろからついてくればいい。おまえは飾りだ」
「……でもシグムントさんの代わりに月の鎖も斬らなきゃいけないし、そういうわけにも——」
 カペルがそう言うと、大剣をしまったエドアルドが目の色を変えて詰め寄ってきた。突き刺さる視線にどうしていいかわからず、あたふたするしかなかったカペルの胸ぐらを掴むと、エドアルドはカペルをそのまま壁に押しつけた。
 自分の身長ほどもある大剣を振り回すエドアルドの膂力に、カペルには首が絞まるのに抵抗するすべがない。
 そして、エドアルドは吐き捨てるように言った。
「おまえが……おまえなんかが、シグムント様の代わりだと!? ふざけるな!!」
「エド……アルド……苦しいよ……」
「言っただろう? おまえは飾りだ。鎖を斬るだけの人形なんだ。勘違いするな」
 足が少し浮いている。絞まる首の奥、潰された喉からかろうじて絞り出した声も届かず、エドアルドに力任せに持ち上げられる。彼の手に月印が微かに光るのが見えたが、カペルはその色に漠然とした違和感を感じたような気がした。
「それくらいにしておけ、エドアルド」
 そう言ってドミニカがエドアルドの肩を掴んだが、エドアルドの視線はカペルに突き刺さりっぱなしだった。
「……ふん」
 そしてエドアルドは手を離した。崩れ落ちたカペルを一瞥するでもなく、愛用の剣を担ぎ上げるとつかつかと出口へと向かう。
「さあ、行くぞ。さっさと準備しろ」
 そう言って一人で出て行ってしまった。
 カペルを支えながら、アーヤがドアの方を睨みつけて言った。
「ちょっと、何なのよ、あれ! シグムント様がいなくなったからってリーダー気取り?」
「まあまあ、アーヤさん。そうぷりぷりしないで」
「なんで私がカペルにになだめられなきゃいけないのよ! カペル、あんたもなんとか言ってやりなさいよ!」
 シグムントの代わりをやると言っても、それは鎖を斬る役割であって、自分が解放軍のリーダーになるなんて思ったこともない。だいたい、リーダーなんて柄じゃないのは自分が一番わかっている。だから、エドアルドがリーダーをやりたがっているのならそれでいい、とカペルは思っていた。
 まあ、命令するにしても、もう少し言い方ってものがあるとも思うけれど……。
「とにかく、さっさと鎖を斬ってしまおう。エドくんのことはその後、だね」
 ユージンがさっと場をまとめてしまったので、アーヤは怒りのやり場に困っているようだった。
 エドアルドは怒っている。
 でも、それが自分に向けられたものだけではないような気もする。エドアルドが怒っているのは、半分は自分自身にだ。大切な誰かを守れなかった自分自身に。その原因を作ったのはカペル自身で、その自覚があるからか、アーヤのように、エドアルドの怒りを理不尽なものと片付けることは、カペルには出来なかった。


「むむ……」
 空気が重い。
 ザラの北に広がる海岸線の終点は、西にそり立った断崖だ。その崖には天然の洞窟が穿たれていて、断崖の向こうの海岸線と繋がっている。月の鎖はそこにある。
「むむむ……」
 やっぱり空気が重い。
 それは、潮風の湿気が洞窟内に澱んだから、なんて理由じゃない。
 明らかに出発前の空気を引きずっているのだ。