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らんぶーたん
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小説インフィニットアンディスカバリー第二部

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 先頭を行くエドアルドは何も言わないが、振り返ろうともしない背中が近寄りがたい空気をにじみ出していて、カペルは為すすべもなくうなるばかりだった。
「むむむむ……」
「さっきから何うなってるのよ」
 エドアルドの態度に一番怒っているのはアーヤだった。言葉にトゲ。ピリピリしているときは出来るだけかまわない方がいいのだが、声を掛けられれば無視するわけにもいかず……。
「いやぁ、空気重いなぁって」
 答えは突き刺さる視線だけだった。「あんたがしっかりしないのが悪いんでしょ」という意味なのだろうか。それは出発前にさんざん聞かされた。
 ザラ側の海岸線と違い、洞窟の向こうは入り組んだ入り江となっていて、潮流や水深の関係で港としては使えない。それでも、船の出入りはなくとも人の出入りはあったらしい。そこには小さな社があり、航海や漁の安全を願う人たちが神——月の神ベラよりも古い土着の神——に祈りを捧げる風習があったのだそうだ。
 社は月の鎖によって壊されてしまっているだろうが、この空気を何とかしてくれるなら、とりあえず月の鎖の上からでも神様に祈りを捧げたいのがカペルの気分だった。
 いっそモンスターでも現れてくれた方が気が楽というもの……。
 濡れた岩場を慎重に歩きながら、カペルたちは断崖に穿たれた洞窟を進んでいた。
「足下が濡れている。滑るから気を引き締めて歩け」
 先頭のエドアルドが唐突にそう言い、それに「言われなくてもわかってるわよ」とアーヤが小声で毒づくのが聞こえ、目が合いそうになったカペルは思わず視線をそらした。ひどい言いがかりをつけられそうな気がしたからだ。
 アーヤは、エドアルドが解放軍を仕切っていることが気に入らないらしい。正確には、その態度がだ。エドアルド自身のことが嫌いなわけではないだろうが、聞いている限りでは、シグムントがいなくなって以降の彼の態度が独善的すぎて腹が立つ、ということらしい。
 リーダーを失った組織というものは、こうも簡単にバランスを失うものなのか……。
 そうこうしているうちに洞窟の出口が見えてくる。
「洞窟を抜けるぞ。もうすぐ月の鎖だ。ちゃんとてついてこいよ」
 あごで皆を促すエドアルド。
 それを見たアーヤがぐっと拳を握ると、つかつかと歩み寄ろうとする。
「まずい、まずいよ……」
 戦いを前に口論なんてやってる場合じゃない。そう思ってカペルがアーヤを止めようと思った刹那、腹を打つ轟音が洞窟の出口からせり上がってきて、その動きを遮られた。
 全員が慌てて出口へと走る。洞窟を抜けた先には、目標である月の鎖がそそり立っていた。
 ただし、見えたのは月の鎖だけではない。
 周辺には竜巻に似た海水の水柱が林立し、その向こうには絶望的なまでに巨大な海水の壁が見えた。
「つ、津波か……」
 月の鎖が脈打つように光を放つ。するとまた一つ水柱が立ち上がり、同時に海水の壁が一段高くなる。
「まさか、月の鎖があれを!?」
 壁のように持ち上げられた海水は、今にも雪崩を打ってこちらに殺到してきそうな気配だ。月の鎖を斬るよりも早く海水が押し寄せてきたら、全員が飲み込まれることになる。
「なっ……」
 エドアルドがそれを見上げて言葉を失っているが、それはみんなも同じだ。
「どうするの!?」
 誰に問うでもなくアーヤが言う。
 視線を下ろせば、月の鎖を支える光球が見えた。
 急いで月の鎖を斬るべきか。それとも全滅を避けるために避難するのが先か。
「と、とにかく一旦安全な場所に戻るぞ!」
 エドアルドが言う。
 また一つ、うねりをあげた水柱が直近に屹立した。
「安全な場所ってどこよ!?」
 巻き上げられる海水が轟音を吐き出し、アーヤの声をかき消そうとする。
「ど、どこって」
 直後、エドアルドの返答を遮るように、直近に屹立した水柱が意図したようにこちらに向けて殺到してきた。全員が咄嗟に洞窟へと下がる中、ユージンとソレンスタムが前に出て魔法の障壁を張る。
 二人がかりでようやく支えられる海水の圧力。水柱一本でこれだ。あの壁が瀑布となって殺到してきたらどうなる。自分たちはおろか、ザラだってただでは済まないはずだ。
 ひとしきり暴れた水柱が海へと還ると、その後には今まではいなかったはずのモンスターの群れが現れた。同時に、洞窟の後方で魔方陣が光を帯びて浮かびあがり、前方と同様の光景を描き始める。「またこれか」と毒づいたのはドミニカの声か。
 挟撃だ。罠か?
「くそ、迎撃しろ!」
 エドアルドの言葉に全員が武器を手に取る。
「どうするのよ、退くの!? 進むの!?」
 迎撃の手を止めずにアーヤがエドアルドに言う。
「安全策だ。退くぞ!」
「でも後ろにもモンスターは来てるわよ! それにザラはどうなるの!?」
「くそ……」
 そう口論している間に、海水の壁がまた一段階大きくなる。
 口論をしていても仕方ない。
 逃げても間に合わないかもしれない。
 それなら……。
 ザラの村人たちの沈鬱な表情が想起され、カペルは腹をくくった。
 迷ってる時間はない。
「僕も安全策に一票!」
 そう言いながらカペルは走り出した。月の鎖の方へ、だ。
「どこへ行く、カペル!」
「今から逃げても間に合わないよ。だったら鎖を斬っちゃうのが一番安全でしょ?」
「カペル!」
 目の前にいた甲殻類のモンスターを斬り捨てると、カペルは振り向いてみんなに言った。
「ちょっと鎖を斬ってくるよ」
「カペル、一人で行っちゃ危な——」
 襲いかかってきたモンスターの迎撃に追われて、アーヤが言葉を遮られる。
 足止めは出来たとしても、この程度のモンスターが解放軍の面々を倒す心配はない。だから、カペルはそのまま走り出した。荒れる波が飛沫となって舞い上がる。カペルはその間を飛ぶように駆け抜ける。
「鎧、錆びないかな……」
 エンマが用意してくれたシグムントの鎧は、今はカペルが身につけている。なんとなくそんなことが気になったりしたのは、包囲網を抜けた先が手薄だったので余裕が出来たからだろうか。
 封印騎士の姿も見えない。
 津波を前にしたのに、不思議と恐怖はなかった。
 眼前の光球が怪しく光を放つのを間合いに捉え、カペルは柄を握る手に力を込めた。
 気づかぬままに集中していて、雑音が耳から遠ざかっていく。
 鎖の後ろにそそり立つ海水の壁がまた一つ大きくなった。
 かまわずカペルは突っ込んだ。
 一閃。
 一つ目は、青龍を助けるために無我夢中だった。
 二つ目は、シグムントに言われたから。
 三つ目は、アーヤに斬れと言われてだった。
 だが、この四つ目は自分の意志で、カペルは鎖を断ち切った。
 爆散する月の鎖が光の粉へと姿を変え、海水の飛沫と混じり合う。陽光を乱反射させる金色の雪となったそれらが、その場を包み込む。
 何度見ても、それは幻想的な光景だった。
 わずかに見とれたカペルは、他のみんながまだ戦っていることを思い出して振り返った。モンスターはまだ残っているが、幾ばくかの余裕も出てきたようだ。
 アーヤが何か叫んでいる。よく見れば他のみんなもか。海水が持ち上げられる轟音に遮られて、よく聞こえない。
「——ペル!」