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manjusaka

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2.
「一体、今度はどこへ行くつもりなんだ―――」

 胡乱げにその後ろ姿を見遣り、小さく舌打ちしたシュラは再び距離を置いて尾行した。
 次もまた小さな小屋のような場所。シャカは立ち止まり、先刻と同じように扉を叩き来訪を告げた。のっそりと出てきたのは随分と体格の良い大男だった。
 どうやらシャカの正体を知る者ではないらしく、漏れ聞こえてきた大声は「てめぇ、なにもんだよ?」と素性を問うものだった。恐らくシャカは正体を明かさなかったのだろう。さらに険悪な表情を重ねた男は胡散臭いとばかりに不躾な態度を隠しもせず、家の入口で仁王立ちとなっていた。
 デスマスクよりも悪人面だなとか詮無いことを思いながら、該当する人物の名を一個ずつ思い出していたが聖闘士ではないのだろう。記憶には当て嵌まらなかった。ただの雑兵ごときをなぜシャカは訪ねたのか。更なる疑惑が生じた。
「あぁ!?何だって!?」と突然、大声が響き渡った。シャカの声は聞こえなかったけれども、深刻な話を告げているのか、男は眉根を顰め「マジかよ……」と黙り込んだ。
 その後もしばらくシャカは何かを話して、時折男は相槌を打っていたが「わかった」と大きく頷き、そこで話は終了したらしい。くるりとシャカは踵を返すとその背後に向かって男は「何でそんなことまで知っているんだ?一体おまえは何者だ!?」と食って掛かっていた。
 一度シャカは振り返り、何らかの返答をした後、幽鬼が漂うようにまたフワフワと歩き始めた。大男はただ夢でも見ているかのように腑抜けた表情でシャカを見送るだけだった。
 シャカがあの男にどのような話をしたのか気掛かりであったけれども、シャカの行先のほうが気になったので、まるで夜の散歩を楽しむようなシャカの後を追い続けた。
 そして、最終的に辿り付いた場所はそれこそ幽鬼が辿り着くのに相応しいと言える場所―――墓場。
 弱々しい月の光はそれでも薄い明りとなって、墓標を照らし出していた。疑問符ばかりが浮かび上がるシュラを他所にシャカは一つ一つの墓の前に立ち、彫られた名を確認しているようだった。

「シャカ、おまえ……」

 いつまでも同じ作業を繰り返すシャカ。何の目的があってそのようなことをしているのか考えたシュラが行き着いた答えはズンと胸に重く圧し掛かるものだった。もう、長い間耳にすることもなかったシャカと縁ある、一人の聖闘士の名が思い浮かんだ。
 古い年代の、半ば崩れ落ちて文字など到底判別できなさそうなものまで、丁寧にシャカはひとつひとつの墓標に対して、挨拶するかのように優しく撫でる。
 黙って見守り続けるつもりだった。だが、自然と身体が動いていた。絶っていた気配を晒し、ゆっくりとシャカに近づき、その背に声をかける。

「もう、十分判っただろう。此処におまえが探す者の名はないということを」
「………確かに」

 僅かに顔を向けたシャカ。だが、すぐ目の前の墓標へと向き直った。そして、聞き慣れぬ言葉で何かを囁いたあとシャカは立ち上がり、ゆっくりと少し冷えた風を伴いながら、シュラの近くまで寄って見せた。

「シュラ、とか言ったな。なぜ君は私の後を尾行るのかね?」

 やっぱり気付かれていたかと思いながら、尤もな問いかけに当然の答えをシュラは返しておく。

「シャカよ。以前の愚行を忘れたのか?アイオリアと同じ監視対象者となって当然のことをした。おまえは教皇の正義を脅かす危険性を孕んでいるのだから」

 風上に立つシャカから仄かに香りが漂ってきた。どこか遠く、懐かしい記憶を揺さぶり起こすような花の香り。清々しく、透明な甘露――。

「教皇は正義、なのかね?」

 ハッとした時には肩が触れるほど間近にシャカがいた。

「確かに正義も彼の中にある。本質はきっとそうなのだろう。それも残酷なほどにな。君はその正義とやらに付き合っている、というわけか。くだらない命に従い、わざわざ私の監視とは……ご苦労なことだ」

 矜持を刺激するようなシャカの煽りを受けて、通り過ぎようとするシャカの腕を掴む。

「命令されたわけではない。これは俺の独断だ。僅かにでも不審な動きがあれば――」
「殺すかね、私を……アイオロスのように」

 薄く張り付いたような微笑を浮かべたシャカにぞっと背筋を寒くした。何よりも唐突に告げられた名前は鋭いレイピアの切っ先となって、シュラを射抜いた。ただ全身の血が流れ出たような喪失感にシュラは震えた。
 シャカを掴んでいた手が離れ、ぶらりと垂れ下がる。虚脱する両足はかろうじて折れるには至らなかった。

「……必要とあらば、そうする。何度でも、誰に対してでも。それが教皇の、聖域の、女神の、人々のためになるのであれば。たとえ昨日まで仲間だと信じていた者でもな」

 シャカは小さく首を傾いで手を伸ばした。指先の冷たい感触。シャカが頬に触れていることに気付く。

「それが―――君が失って得た正義、なのかね。驕り高ぶるものであれば責めもできるが……」

 すうっと頬を辿るようにして、シャカの指が離れていった。そして、少なくはない墓標を指し示した。

「名もなき者の墓もあった。朽ちかけた古の墓標も。真新しい墓には十にも満たぬ歳の者も。すべては聖域や教皇、女神……そして無辜の民のために散った命たち。眠る彼らの尊い意志を我が力に変えて、私は正義を得る。そうやって昔から私は多くの死を糧として、喰らってきたのだから」

 ふうわりと小宇宙を燃焼させたシャカに連動するように墓標が淡く光を発し、一つ、また一つと小さな光球となってシャカの身体へと吸い寄せられていた。迸る小宇宙の波動。シュラは蒼褪めた表情でやっと口を開くことができた。

「おまえは……本当に人間か?」
「まるで、化け物ではないか――とでも言いたいようだな。君は」

思わず口にしそうになった言葉をまんまと言い当てられて、絶句する。

「フッ。その通りかもしれぬ。私は化け物でしかなかった。サガに出会わなければ」
「………」
「いっそ、人間の心など持たぬ化け物のままであればよかった」

 すっかり収められた小宇宙。再び幽鬼のように存在を薄くしてシャカはふらりと歩み始める。もう追うこともせず、シュラはぼんやりとその悲しすぎる後ろ姿を見送った。




「頼んだ覚えはなかったが―――なるほど、アイオリアの元に向かったか。何をしに行ったのかはおおよそ予想がつく。その後の奇異な行動の方がいささか気にはなるが、さして問題ではないだろう……」
「―――そうでしょうか」
「と、いうと?」

 重たげに首を傾げた教皇は異を唱えるシュラに答えを求める。僅かに視線を逸らしてから、シュラは一つ息を大きく吸い込んだ。

「シャカは雑兵に重大な秘密を明かしたかもしれません。追々、悪影響を与えるようなこととならないとは言い切れない。ならば、今のうちに懸念の芽は摘み取っておくべきではないかと」
「重大な秘密とは何だ?」
「それは―――わかりません」
作品名:manjusaka 作家名:千珠