二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

manjusaka

INDEX|3ページ/17ページ|

次のページ前のページ
 

此岸ノ黄昏 3



「あれは―――アイオリアか」
 外が騒々しい。
 どうやらアイオリアが日本から戻ったようである。苛立ちと共に発せられる猛々しい小宇宙。挑むつもりか、隠そうともせずに教皇の間へ乗り込んでくるつもりのようだった。真っ直ぐで迷いのない力強い意志を感じさせるそれは、彼の兄であるアイオロスを思い起させるものだ。  
 アイオロスは唯一無二の友であった。だが同時に私にとって、最も尊いものを奪い去った簒奪者の一人でもあり、前教皇の信を得た許しがたい存在でもあったのだ。日を追うごとに兄の姿に近づくアイオリア。
 アイオリアには何の咎もない。アイオロスとアイオリアはまったくの別者として接するように努めてきた。幼いシャカとアイオリアは互いに友として、屈託のない笑みを浮かべ、親しげに接し合っていた。幼かった二人の姿はとても微笑ましいもので心和ませられたものだった。
 それは成長してからも変わらぬものだと思っていたが、ごく当たり前のように触れ合い、語り合う二人の姿を目撃した時、得体の知れない不快な感情が渦巻いた。アイオリアもまた、兄であるアイオロス同様にいつか大切なものを奪い去る危険な存在のように思えたのだ。
 思考を途絶させるように従者や雑兵たちの制止を振り切り、蹴破るように荒々しく教皇の間に乗り込んできたアイオリアは打って変わったように沈黙した。真っ直ぐとこちらに視線を据えたまま、しばらく佇んでいた。静かな義憤が波紋のように拡がり、教皇の間に満ちていた。
「どうした。アイオリア―――」
 礼を欠く行為の真意をアイオリアに問い質す。「女神に拝謁するため」と確信に満ちた眼差しと共にアイオリアから答えが返され、押し問答するうちに真実が露見していった。
 もはや看過できない事態であると認識した時、黒々とした闇が全身を蝕んでいくのを感じた。

 (私はまた――前教皇やアイオロスだけでは飽き足らず、アイオリアの命までも奪うのだろうか)

 心臓を握り潰されるような痛み。窒息するほどの苦しみに胸を掻き毟りながら、激高し、荒ぶるままに拳を揮う自制無き暗黒の魂に翻弄される。

 (ああ、誰か……私を止めてくれ!)

 容赦ない小宇宙のぶつかり合いはどちらも引くに引けぬ状況へと陥っていた。自らが生んだ闇。そして解放してしまった闇を止めることすらできない無力感に陥りながら、魂の叫びを上げた、その時だった。
「―――やめなさい、アイオリア」
 凛とした声が響き渡る。突如割って入った者の正体に絶句する。バルゴの聖衣に身を包んだシャカだった。
 まったく気配を感じさせないままの不意の登場。アイオリアだけでなく私もシャカに面食らった。それと同時にシャカの未知数の力に心底から恐怖すら覚え、全身が凍え冷えていった。
 静かな雨垂れのようにシャカはアイオリアを諭しているように見えたが、その実、『教皇』を牽制しているようにもみえた。

 『教皇に拳を向けることは女神への謀反に等しい――』
 『謀反人は―――私が天誅をくだす……』

 紡がれる言葉はまるで喉笛に刃を宛がわれたような冷えた感覚を与えた。前教皇を屠った『教皇』として振る舞う私への宣戦布告ともとれるような言葉だった。
 苛立ちのままにアイオリアを討てと命じるが、果たしてシャカに届いていたのか、シャカはアイオリアを真っ直ぐ捉えたまま、諭し続けるばかりだった。
 ひしひしと伝わるアイオリアへの思いやり。だが、当のアイオリアは頑として意地を通そうとしていた。精一杯シャカはシャカなりにアイオリアを守ろうとしていたのだろう。けれども、当のアイオリアは微塵にも感じていないようだった
 自らの行動を正義と定めたアイオリアはシャカの説得にまったく応じなかった。結局、諦めたようにシャカは組み合ってみせたが、二人は当惑に包まれたまま、互いに探り合っているようだった。
 やがて意を決し、迷いを振り払ったシャカが本気を示した後も二人は膠着状態に陥っていた。お互いが相手しか見えない状況はまたとない千載一遇のチャンスだった。
 無防備ともいえるアイオリアに向かって繰り出した幻朧魔皇拳。顔を歪ませるアイオリアに再びの忠誠を誓わせ残酷な深い暗示にかけた後、この場を去らせた。
 そして、残るのはシャカだけ。
「なんと酷なことを―――そうやって、強いたところで従う者などいないというのに」
 潮が引くように荒ぶる闇の心が息を潜めた時、憐れみを含んだような憂えた声が耳に届いた。実際、シャカは憂いた表情をこちらに向けていたので動揺する。
「なにを……」
「あなたご自身、よく、おわかりなのではないのか。自らの暴挙を止めて欲しいと願ったあなたならば」
「―――っ!?」
 聞こえたというのだろうか、私の叫びが。静まりかけていた鼓動が激しさを増していった。


作品名:manjusaka 作家名:千珠