manjusaka
―――サガ
―――サガ
―――サガ
繰り返される唯一の名。
そのただ一つの言葉にどれだけの深い感情が込められているのか……シャカのすべてを受け止め、応えられるのであれば、応えてやりたかった。だが、それは決して許されることではない。女神の威光を前にして、おのれの行く末は決して明るいものではないのだ。精一杯、沈黙を貫くしかなかった。
聖域にいる者たちに語り聞かせることがすべて真実ではなかったとしても、都合よく脚色された話だとしても、今さらほかの誰が隠された真実を暴くことなどできようか。
一人の聖闘士が身に過ぎた野望を抱き、犯した愚かな罪として、聖域の歴史の闇に埋もれてしまえばいい。その所業の源にシャカは一片たりとも関わりなかったこととして、終わらせなければならないのだ。私はこの13年という月日を己が抱える闇と共に凍えた刻を無為に過ごしただけにはしたくない。そう、最後の瞬間まで。
遠く待ち焦がれていたその瞬間は実にあっけなく訪れた。
星の誕生のような眩しさと熱さを浴びたような強烈な小宇宙を感じたと同時に、抱えていた闇が一切合財振り払われたような、清浄さと研ぎ澄まされた思考に包まれていった。
赤子から少女へと成長した女神の前に立ち、穢れなき真実、聖闘士としての精神で己が犯した罪を懺悔し決着をつけるべく、身を処した。
途切れ途切れとなっていく音のような感覚。それが自らの鼓動の音だと気付いた時、膜を通すようにムウの声が遠く聞こえた。
「―――サガ、あなたは罪を贖ったつもりでしょうけれども、そのことでまた 新たな罪が生まれたことがわからないのですか」
「ム……ウ……?」
身体が宙に浮きあがるのを感じ、鈍くなる一方の感覚でもどこかへと移動させられたのだけは理解できた。
「最後に、しっかりとその目に焼き付けなさい、サガ」
ムウに抱きかかえられるような姿勢で、重い双眸を薄く押し上げる。十二宮を見下ろすことのできる場所に移されていたのだと知ったと同時に、優しく懐かしさを感じる風を全身に感じた。
漣のように十二宮の階段を駆け上がる小宇宙。それは第六の宮で一点に凝縮された小宇宙から発せられたもの。連なる波のように押し寄せた。幾重にも折り重なるような重厚な小宇宙は嫣然と微笑み花開く様のように見えた。
「とても美しい。けれども、あれは――シャカの命を喰らって咲く花。あなたが育み、そして……咲かせた花だ」
誘われるままに指を伸ばし、摘み取ろうと指を動かそうとした。けれどももう、そんな力さえなかった。どれだけ手を伸ばそうとも、決して届かないその花は天上に咲く気高き花でしかない。
私は眦から一滴の涙が伝い落ちていくのを感じながら、かつてないほどに穏やかな笑みを浮かべた。
ああ、シャカ。
私は
共に
生きて
いきたかった。
美しく
咲き誇る
天上の花を
この目に、
この魂に、
刻み、
焼き付けるように
私は―――
Fin.