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猛獣の飼い方

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9.意外と傷付きやすい生き物です





シズちゃんは最悪だ。
今まで何度もそう思った事はあるけれど、今ほど真剣にそう思った事はないかもしれない。

「………ん、」

腕の中に湯たんぽを抱いて、すやすや気持ち良さそうに眠るシズちゃんを睨みつける。
ちょっとでも動くと容赦なく力が込められるので、うまく視線だけ動かせば、人よりも随分と夜目が利く今の俺には大変無防備な寝顔が見えた。

「――――苦しいんだけど」

俺が猫になった理由はわからない。
でも、こうしてシズちゃんの湯たんぽになる為じゃないとは断言出来ると思うんだよね。








俺を完璧に乾かしてくれた後、シズちゃんは昨日のようにすぐに眠ってしまうのかと思ったが、今日はそれほど眠くは無かったらしい。俺を腕の中に抱き上げたまま、テレビでやっていた映画を見ているうち、実に、実に不本意ながら俺の方が先に眠ってしまった。だってシズちゃん暖かいんだよ!色々疲れていたし、仕方のない事だと思う。決してシズちゃんの腕の中で安心して眠ってしまったとか、そんな甘ったるい理由ではない。決して。


夜更けに目を覚ましたら、シズちゃんのベッドの中。がっしりと、逃がさないとばかりのホールドっぷりで、シズちゃんの湯たんぽにされていた。

いやいや、これはあり得ない。俺が猫になった事よりもあり得ないよ。だって、俺とシズちゃんだよ?会話するよりも殺し合っている時間の方が断然長かった俺達が、ここ数日ちょっと仲良過ぎなんじゃないかってすごく思う。

…そりゃあ、猫相手に本気で喧嘩するシズちゃんなんて嫌だけどさ。でもこの距離感はない。あり得ない。シズちゃん的には"折原臨也"ではなく"折原臨也だけど外見はただの猫(でも喋る)"くらいの変化があるからまぁいいとして、俺にとって目前で間抜けな顔…ってわけでもないのが悔しい。なんか、ちょっとガキっぽくて可愛…いやいや、何言ってるんだ俺!とにかく、俺にとってのシズちゃんはシズちゃんでしかないわけだ。
喧嘩人形――いや、人形なんて表現は生温い。殺戮兵器、平和島静雄。そんな彼と、こんな風に近過ぎる距離が心地良いかと問われれば、答えはNOに決まっている。

「…シズちゃん。ねぇ、シズちゃんってば」

こんな状態で夜を過ごすなんて冗談じゃない。
抜け出せない腕の中で声を上げれば、シズちゃんが目を開けた。

「ねぇ、腕どかしてよ」

「……あー、うん……」

「シズちゃん?」

意外とあっさり頷いたわりに、一向に俺の身体はシズちゃんから解放されない。…こいつ、寝ぼけてる。

「シズちゃん?おーい、今だ童貞を引き摺る平和島静雄さーん?」

「…っせぇ、殺す、ぞ……………」

「……あれ?寝た? 一瞬青筋浮かべたのに、また寝たわけ??」

怒らせて起こす作戦は失敗らしい。
身じろぐ事すら出来ずに、首の下に回されているシズちゃんの腕に頭を乗せる。一応枕のつもりらしい。ばっかじゃないの。

勝手で、怒りっぽくて、寝ぼすけで。
全然良い所なんて思い浮かばない。シズちゃんは最悪だ。
今まで何度もそう思った事はあるけれど、今ほど真剣にそう思った事はないかもしれない。

「…俺は、君の事が大嫌いなんだよ。君が俺を嫌いなのと同じくらい、絶対に、君の事が嫌いなんだ」

俺達は、お互いが大嫌いだ。
なのにどうして、余計な事をしたり、見たくもない表情を見せてくるんだろう。


近過ぎる距離も、
不必要な優しさも、

全部ぜんぶ、迷惑なんだ。



「…だいきらい」

頬を枕に擦りつける。
石鹸とシズちゃんの匂いがして、気分が悪い。

俺は、無駄な事が嫌いなんだ。
絶対に手に入らないモノを、欲しいなんて思わない。

「シズちゃんなんか…だいっきらい」

どうせ俺が猫だから、中途半端に可愛がっているだけのくせに。優しさも心地良さも刹那なら、初めから欲しくないのに。

「…シズちゃんの、ばか。」

胸がズキズキする。気持ち悪い。


ああ、本当に、
シズちゃんは最悪だ。










意外と傷付きやすい生き物です
(ましてや恋など、経験した事がありません)
作品名:猛獣の飼い方 作家名:サキ