猛獣の飼い方
14.こんなに馬鹿だなんて、知らなかった
俺を乗せたシズちゃんが、普段よりゆっくりとしたスピードで歩いていく。
定期的な揺れ具合に、ついウトウトとしてしまっていたけれど、ふとある事に気が付いた。
「シズちゃん。こっちだとコンビニと逆じゃない?」
「24時間やってるスーパーがあるだろ。コンビニ高ぇし、そっち行く」
「へぇ。シズちゃんの収入だと大変だね」
「落とすぞ。…それに、コンビニにはお前が好きな猫缶、置いてねぇだろ」
「……………………」
「臨也?」
シズちゃんってさぁ、時々反則なんだよね。
なんでそうやって不意打ちするかな。ホント、卑怯だ。
しがみつく力を強めれば、俺が落ちそうになったと勘違いしたシズちゃんの手が、さりげなく俺を支える。
「………ばーか」
「ああ?」
流石に耳元で呟いた声は、聞き逃してもらえなかったけど。
でも、言いたくなったんだから仕方ない。
「しずちゃんの、ばか。俺相手に優しいとか…反則だよ」
「何言ってんだ。…お前、うちのだろ」
「…………シズちゃん、顔赤い」
「うっせぇよ」
前を向いたきり俺を見ないシズちゃんの顔は、ずいぶんと赤くて。
俺だって黒い猫じゃなかったら、相当なんだろうな、と火照った顔を目前の肩に埋めた。
ああでも、もし"俺のだ"なんて言われたらショックで死んでたかもしれない。
一度は言われてみたいけど、なんてゆうか、それはきっと今じゃないんだ。猫になってるからの所有権じゃなくて、俺自身に対しての所有権を示されてみたい、なんて、何処の愚か者の考えだろう。自分がこんなに馬鹿だなんて、今まで俺は、知らなかった。
***
深夜2時のスーパー。
人がちらほら見えるけれど、夕方の混み具合とは比較の対象にすらなりはしない。
「あと、ほうれん草とベーコンね。ああ、そっちのヤツは古いからその後ろのがいいよ」
「テメェ、もっと小声で話しやがれ。…これか?」
「うん。ほら、葉っぱが新鮮でしょ?えーと、あとパスタの買い置きはある?」
「……。カップ麺のパスタのヤツなら」
「はい却下ー。ほらほら、そっちの棚行くよ。安いだけのより、ちゃんとしたメーカーの方が美味しいよ」
「どれも知らねぇ」
「うん、なんとなく予想してた」
「じゃあ言うな」
「いやー、なんて言うかシズちゃんへの期待を兼ねてたんだよ。もしかしたら!みたいなさ」
「…………………で、どれがいいんだよ」
そんなこんなで、シズちゃんとの買い物は実に難航を極めた。
シズちゃんは普段、本気でファーストフードとレトルトで暮らしてる。間違いない。
「…シズちゃん、何見てるの?」
「猫缶。あと、なんか猫グッツが沢山ある…
「ちょっ、なんで猫じゃらし手に取ったの!あああ、カゴに入れるなって!俺、絶対シズちゃんなんかに遊ばれないからね!!」
「うるせぇし。てか、人聞き悪いなオイ」
だって嫌だ。俺ばっかり夢中で遊ばされるなんてさ。
猫の身体は、本能に忠実でやけに眠くなったり、ちらちらと動くものが気になったりと、不便な事が多過ぎる。
「ん…『猫のストレス解消グッツ』?」
「それ。シズちゃん、それ買って」
少なくても、猫じゃらしよりは俺に被害はないだろうと、催促するように首筋に頬を寄せる。
くすぐったいのかシズちゃんが笑う。…シズちゃんじゃらし、ならあってもいいのに。
「……静雄?」
予定外の声に振り向くと、そこには眼を丸くしたドタチンが立っていた。
辺りを見回しても、あの賑やかなメンツは見当たらず、その事だけには安堵した。
「よぉ」
「珍しいな。お前とスーパーで会うなんて。……その肩に乗ってるの、猫だよな?」
「ああ。気に入った猫缶じゃねぇと食べねぇから連れてきた。つーか臨…ってぇ!」
うん、俺の爪もかなり痛い。
ナイフだって刺さらないシズちゃんの身体。柔らかい部分に渾身の力を込めれば、多少なら爪も突き刺さるみたいだ。
人だって殺せそうな顔で振り向いたシズちゃんに、俺は素知らぬ顔でニャアと鳴いてみせる。余計な事、言わないでよね。
「俺とお前が話してるから、やきもち焼いたんだろ。好かれてるな」
「……そうなのか?」
ちょっと、そこで俺を見ないでよ。
あと、ドタチンもなんかやめて、その暖かい目線。
「ふーん…」
ああ、このシズちゃんの顔、なんか嫌だ。
何ニヤけてるんだよ、バカシズめ!
「じゃあな」
「ああ」
ドタチンとシズちゃんとの会話はずいぶんと簡潔だ。
緩く手を上げて踵を返したドタチンの後ろ姿を見ながら、シズちゃんが呟く。
「お前、門田に懐いてなかったっけ?」
「懐いてって…ずいぶんな言い方だねシズちゃん。別にドタチンの事は嫌いじゃないけど、こんな姿になってるのを知られるなんてゴメンだね」
「…ふーん」
あ、またあの顔。
なんなの、今日のシズちゃん機嫌が良過ぎてホント怖い。
「―――何さ」
「別に」
シズちゃんの手が俺を撫でる。怖いを通り越して気色が悪い。シズちゃん的に言うなら『きしょい』だ。
なのに、勝手に鳴る俺の喉。
くそっ、猫の身体ってホント、正直過ぎる。
こんなに馬鹿だなんて、知らなかった
(馬鹿な自分が、悪くない、なんて尚の事)