猛獣の飼い方
心地良い眠りから強制的に現実に戻された臨也の目に映ったのは…盗撮系のAVにだってここまで見事なアングルはないだろう、と思わせる光景だった。
「はぁ?オマエなんでこんな所にいるんだよ」
臨也にトラウマを植え付けかけた男は、ふてぶてしくそんな事を言ってくる。せめて照れるなりなんなりのリアクションを見せてくれたら――そう考えて、思わず想像した回転の早い脳を臨也は呪った。気色が悪過ぎる。
(よくそんな事が言えるよね。俺をこんな場所まで追い込んだ張本人が。ぶつけた頭も痛いし、大体早く服着てよ!)
にゃー にゃー にゃー!
文句のニュアンスを拾った男が、面倒だと言わんばかりの態度で濡れた髪を拭う。乱雑に拭われた髪から滴が零れ、それが臨也の毛並みを濡らす。
(……冷たいんだけど)
睨みあげれば、返ってきたのは溜息が一つ。カチンときた臨也は、男の足に纏わりつきながら近辺の家に響くような声で鳴き続けた。
(ほら、猫の毛がくっつくのが嫌だったら早く身体拭いて服着てよ。俺だってこれ、自分が濡れるのかなり嫌なんだからね。あと窓締めて。寒い)
「…なんだってんだよ」
疲れ切った声が聞こえる。けれど臨也の方が、もっと疲れている自信があった。
(あーあ、なんでこんなヤツの所にいるんだろ。窓から外行った方が良かったかも…)
それでも――窓から身を滑らせないのは、男が買ってきた袋から溢れんばかりの安物の猫缶を誰が消費するのかという同情から。
(もー、ほんっとシズちゃんは世話が焼けるよね)
やれやれ、と呟いた声は冷たい空気に溶けていく。
ふ、と見上げればそこには動きを停止した男が立っていた。何やら葛藤している表情を浮かべている(ちなみに今は腰にタオルを巻いている。が、臨也の位置からは丸見えだ。さりげなく目を逸らす事にはもう慣れた)
(…シズちゃん?)
…にゃあ?
「……っ!」
呼べば、あからさまに動揺を見せる男。
(……それ、さっき風呂から出た時に見たかった)
脳内の想像より、実物は結構楽しいかもしれない。唇を歪めた臨也だったが、男の目には猫の髭が風に揺れたようにしか映らない。
(意外と、シズちゃんと暮らしてあげるのも楽しーかもね?)
安っぽいスプリングのベッドが、意外と寝心地が良いのと同じで。最悪の環境も、意外と――悪くないのかもしれない。
自分を主人だと認識させましょう
(相手も、自分が主人だと思っていますから)