東方project ~責任取ってよね~
第一章
「出(いづる)、頼みたいことがあるんだが、いいかい?」
ふいにかけられた声に、境内の掃除を中断して後ろを振り返る。
そこにいたの紛れもなく俺の父親だった。
神社の神主をしているせいもあって、その姿はしっかり袴姿だ。
「いいよ。掃除ばっかりでちょうど暇だったし。何をすればいい?」
「それはよかった。じゃあ、西の森の祠まで行って『御神体』の様子を見に行って欲しいんだ」
「……1人で?」
西の森。
うちの神社の敷地内、その西側に存在する比較的大きな森だ。
近所じゃお化けが集まるとか、妖怪が出るとか噂されていて、誰も近付こうとしない。
……いや、俺は幽霊とか妖怪とかその類の存在は信じていないからいいんだけど。
問題はその広大さと祠の場所だ。
やたらと広いせいで疲れるし、祠に行くまでの道など『道』と呼べるほど上等な代物じゃないので迷う時は盛大に迷うのだ。 ある程度慣れているとはいえそんな場所に一人で行くなど、もし迷ったりしたらあまりの心細さに発狂してしまいかねない。
だが、
「あぁ、一人で頼むよ。うちの看板娘は今、お昼ご飯の買い出しの真っ最中だしね」
どうやらこの親には情という物がなかったらしい。
まぁ、いい。今に始まったことじゃないし。
それに、ただでさえ忙しい高校生の妹にあまり負担をかけてもしょうがないしな。
「はぁ……、わかったよ」
俺が短く返事をすると、父親は満足げな顔でうなずいて見せた。
「いつも通り、軽くでいいから祠の掃除も頼むよ。必要な道具は全部このバケツの中に入ってるからね」
父親が、持っていたバケツを「ほら」と差し出してくる。
それをいつものように受け取ってからバケツの中を確認。
確かにそれらしい道具が入っている。と言っても、せいぜい数枚の雑巾(新品)と軍手が入ってるくらいのものだが。
掃除道具の確認が終わった俺は、一度頷いてから父親の方を見やり、
「じゃあ、行ってきます」
「あぁ、行ってらっしゃい」
と、短いやり取り。
こうして俺は、左手にバケツ(掃除道具入り)、右手に竹ぼうきという出で立ちで西の森に向かうのだった。
西の森は暗い。
……いや、西だろうと東だろうと暗いときは暗いけど。
ただ、今日も西の森は暗かった。
周りは草木に囲まれて視界が悪く、頭上は木々から伸びる枝葉に覆われ太陽の光は届かない。
道なき道を進みながら祠を目指して早一時間。そろそろ祠に到着するはずだ。……迷っていなければ。
「お、見えてきた。今日は迷わずに来られたな」
いつだったか迷いに迷って何とか祠にたどり着いたが、とんでもない時間になっていて父親と妹に多大な心配をかけたものである。
とはいえ、今回はその心配はなさそうでよかった。
目的の祠に到着した俺は、祠の周辺を申し訳程度に取り巻く石畳の上にバケツと竹ぼうきを置く。
まずは、祠の扉を開ける。そこに有ったのは何の変哲もなさそうな水晶玉。どうやらこれが御神体らしい。
父親の話によれば、うちの神社はとても強い力を持った神様を祀っているらしいが、俺自身はそういう細かいことには興味がなかった。
父親が自慢げに話すだけあって、本当にすごい神様を祀っているのかもしれないけど。
よく見ればこの水晶、どこか淡く光っているような感じがしなくもない。
さて、と。
これから掃除をさせてもらいます、と祠と御神体に向けて一礼。
そして、バケツの中から軍手を取り出して装着する。
「よし、まずは草むしりかな」
気合を入れる意味で一言。
こうして、俺は祠の掃除を開始した。
〜青年掃除中〜
祠の掃除に明け暮れること一時間。
慣れに慣れた手際でさっさと周辺の掃除と祠の汚れの拭き掃除が終了。
あとは御神体を綺麗に拭いて掃除は終わりだ。
そう思って、御神体に手を触れたその時。
「うおっ」
御神体から溢れだした光の奔流に視界を奪われる。
あまりの眩しさに目を開けていられない……!
とにかく光が収まるのを待つ。
視界の利かない中で下手に動いてすっ転んだりするのは間抜けだろう。
やがて、光の勢いがゆっくりと落ち着いてきた。
それを感覚的に確認した俺は、恐る恐る目を開く。
「……あれ?」
有り得ない、と思った。
次いでここは何処だという疑問。
わかっている、ここは森の中だ。当然だ、移動した覚えはない。
だけど、祠がない。今まで散々掃除をしていたのに、最後の仕上げと思って御神体を取り出すために祠の目の前にいたはずなのに。
何より雰囲気が違う。さっきまでは暗くてジメジメしてはいたが、動物の気配が多分にあった。
鳥の声、小動物が掻き分ける草の音、虫たちの声……だが、今は何もない。静まり返っている。
「どうなってるんだ?」
声に出して、辺りを見渡す。
どっからどう見ても森の中だが、俺はいつの間に移動したんだろう?
御神体が光りはじめてから目を閉じていたのは確かだが、移動した感覚はない。もちろん自分の意思で歩いた感覚など皆無だ。
「あ、御神体!」
不意に思い出して御神体を探す。
いや、探すまでもなく俺の手の中に有った。
よかった……。
コレの正体が何であれ、コレは神社のものだ。失くすわけにはいかない。
ガサリ。
藪を揺らす音に振り返る。
しかし、そこには何もいない。
いや、そもそも生き物が立てた音なのかすら定かではないけど。
風か何かだろうと結論付けて再び御神体に視線を落とす。
未だに淡く発光している。
なんなんだろう、コレは。
おそらく御神体のせいで俺はこんなところにいるんだろうけど、と思うのは突飛だろうか。
だけど、これ以外に原因らしい原因は思いつかないしなぁ……。
「んー、まぁ、考えてても答えは出ないな。とりあえず森を抜けてみよう。話はそこからだ」
枝葉の隙間から見える太陽の位置から方向を割り出す……ようなスキルは俺にはないので、方角は適当に当たりをつけるとして。
……これでさらに迷い込んだりしたらシャレにならないよなぁ……先が思いやられる。
〜青年迷走中〜
「さて、一時間は経ったぞ?」
しかし未だに森の外に出られる気配はない。
これは……完全に迷ったよなあ。
左手に持った御神体は相も変わらず光っている。
もしもこの御神体が俺をいつの間にか移動させたなら、せめてこんな森の中じゃない所にしてくれればよかったと思う。
ともかく、ぶつくさ言っててもしょうがない。とりあえずいつかは森の外に出られると信じて歩き続けるとしよう。
と、俺が決意も新たに一歩踏み出した時だった。
ガサリ、と。
それはさっきよりも大きな音。
ガサ、ガサと連続する。
何かが近付いてきてる?
次第に大きくなる音に恐怖心が掻き立てられる。
これで熊とかが姿を現したらどうしよう……。走って逃げるのは無理だぜ?
オオォォアァァァ――ッ!
戦慄。
思った以上に冷静な頭でそんなことを考える。
音を立てながら藪を掻き分けてやってきたソレは俺の見たこともない姿をしていた。
「出(いづる)、頼みたいことがあるんだが、いいかい?」
ふいにかけられた声に、境内の掃除を中断して後ろを振り返る。
そこにいたの紛れもなく俺の父親だった。
神社の神主をしているせいもあって、その姿はしっかり袴姿だ。
「いいよ。掃除ばっかりでちょうど暇だったし。何をすればいい?」
「それはよかった。じゃあ、西の森の祠まで行って『御神体』の様子を見に行って欲しいんだ」
「……1人で?」
西の森。
うちの神社の敷地内、その西側に存在する比較的大きな森だ。
近所じゃお化けが集まるとか、妖怪が出るとか噂されていて、誰も近付こうとしない。
……いや、俺は幽霊とか妖怪とかその類の存在は信じていないからいいんだけど。
問題はその広大さと祠の場所だ。
やたらと広いせいで疲れるし、祠に行くまでの道など『道』と呼べるほど上等な代物じゃないので迷う時は盛大に迷うのだ。 ある程度慣れているとはいえそんな場所に一人で行くなど、もし迷ったりしたらあまりの心細さに発狂してしまいかねない。
だが、
「あぁ、一人で頼むよ。うちの看板娘は今、お昼ご飯の買い出しの真っ最中だしね」
どうやらこの親には情という物がなかったらしい。
まぁ、いい。今に始まったことじゃないし。
それに、ただでさえ忙しい高校生の妹にあまり負担をかけてもしょうがないしな。
「はぁ……、わかったよ」
俺が短く返事をすると、父親は満足げな顔でうなずいて見せた。
「いつも通り、軽くでいいから祠の掃除も頼むよ。必要な道具は全部このバケツの中に入ってるからね」
父親が、持っていたバケツを「ほら」と差し出してくる。
それをいつものように受け取ってからバケツの中を確認。
確かにそれらしい道具が入っている。と言っても、せいぜい数枚の雑巾(新品)と軍手が入ってるくらいのものだが。
掃除道具の確認が終わった俺は、一度頷いてから父親の方を見やり、
「じゃあ、行ってきます」
「あぁ、行ってらっしゃい」
と、短いやり取り。
こうして俺は、左手にバケツ(掃除道具入り)、右手に竹ぼうきという出で立ちで西の森に向かうのだった。
西の森は暗い。
……いや、西だろうと東だろうと暗いときは暗いけど。
ただ、今日も西の森は暗かった。
周りは草木に囲まれて視界が悪く、頭上は木々から伸びる枝葉に覆われ太陽の光は届かない。
道なき道を進みながら祠を目指して早一時間。そろそろ祠に到着するはずだ。……迷っていなければ。
「お、見えてきた。今日は迷わずに来られたな」
いつだったか迷いに迷って何とか祠にたどり着いたが、とんでもない時間になっていて父親と妹に多大な心配をかけたものである。
とはいえ、今回はその心配はなさそうでよかった。
目的の祠に到着した俺は、祠の周辺を申し訳程度に取り巻く石畳の上にバケツと竹ぼうきを置く。
まずは、祠の扉を開ける。そこに有ったのは何の変哲もなさそうな水晶玉。どうやらこれが御神体らしい。
父親の話によれば、うちの神社はとても強い力を持った神様を祀っているらしいが、俺自身はそういう細かいことには興味がなかった。
父親が自慢げに話すだけあって、本当にすごい神様を祀っているのかもしれないけど。
よく見ればこの水晶、どこか淡く光っているような感じがしなくもない。
さて、と。
これから掃除をさせてもらいます、と祠と御神体に向けて一礼。
そして、バケツの中から軍手を取り出して装着する。
「よし、まずは草むしりかな」
気合を入れる意味で一言。
こうして、俺は祠の掃除を開始した。
〜青年掃除中〜
祠の掃除に明け暮れること一時間。
慣れに慣れた手際でさっさと周辺の掃除と祠の汚れの拭き掃除が終了。
あとは御神体を綺麗に拭いて掃除は終わりだ。
そう思って、御神体に手を触れたその時。
「うおっ」
御神体から溢れだした光の奔流に視界を奪われる。
あまりの眩しさに目を開けていられない……!
とにかく光が収まるのを待つ。
視界の利かない中で下手に動いてすっ転んだりするのは間抜けだろう。
やがて、光の勢いがゆっくりと落ち着いてきた。
それを感覚的に確認した俺は、恐る恐る目を開く。
「……あれ?」
有り得ない、と思った。
次いでここは何処だという疑問。
わかっている、ここは森の中だ。当然だ、移動した覚えはない。
だけど、祠がない。今まで散々掃除をしていたのに、最後の仕上げと思って御神体を取り出すために祠の目の前にいたはずなのに。
何より雰囲気が違う。さっきまでは暗くてジメジメしてはいたが、動物の気配が多分にあった。
鳥の声、小動物が掻き分ける草の音、虫たちの声……だが、今は何もない。静まり返っている。
「どうなってるんだ?」
声に出して、辺りを見渡す。
どっからどう見ても森の中だが、俺はいつの間に移動したんだろう?
御神体が光りはじめてから目を閉じていたのは確かだが、移動した感覚はない。もちろん自分の意思で歩いた感覚など皆無だ。
「あ、御神体!」
不意に思い出して御神体を探す。
いや、探すまでもなく俺の手の中に有った。
よかった……。
コレの正体が何であれ、コレは神社のものだ。失くすわけにはいかない。
ガサリ。
藪を揺らす音に振り返る。
しかし、そこには何もいない。
いや、そもそも生き物が立てた音なのかすら定かではないけど。
風か何かだろうと結論付けて再び御神体に視線を落とす。
未だに淡く発光している。
なんなんだろう、コレは。
おそらく御神体のせいで俺はこんなところにいるんだろうけど、と思うのは突飛だろうか。
だけど、これ以外に原因らしい原因は思いつかないしなぁ……。
「んー、まぁ、考えてても答えは出ないな。とりあえず森を抜けてみよう。話はそこからだ」
枝葉の隙間から見える太陽の位置から方向を割り出す……ようなスキルは俺にはないので、方角は適当に当たりをつけるとして。
……これでさらに迷い込んだりしたらシャレにならないよなぁ……先が思いやられる。
〜青年迷走中〜
「さて、一時間は経ったぞ?」
しかし未だに森の外に出られる気配はない。
これは……完全に迷ったよなあ。
左手に持った御神体は相も変わらず光っている。
もしもこの御神体が俺をいつの間にか移動させたなら、せめてこんな森の中じゃない所にしてくれればよかったと思う。
ともかく、ぶつくさ言っててもしょうがない。とりあえずいつかは森の外に出られると信じて歩き続けるとしよう。
と、俺が決意も新たに一歩踏み出した時だった。
ガサリ、と。
それはさっきよりも大きな音。
ガサ、ガサと連続する。
何かが近付いてきてる?
次第に大きくなる音に恐怖心が掻き立てられる。
これで熊とかが姿を現したらどうしよう……。走って逃げるのは無理だぜ?
オオォォアァァァ――ッ!
戦慄。
思った以上に冷静な頭でそんなことを考える。
音を立てながら藪を掻き分けてやってきたソレは俺の見たこともない姿をしていた。
作品名:東方project ~責任取ってよね~ 作家名:一生送信中