嘘つきの嘘の始まり
平和島静雄が
何やら今日もヒョッコリヒョッコリ楽しげに
春先の暖かな日だというのにいつもと変わらぬ
暑苦しいファー付きのなりで歩く折原臨也を見つけ
そのクセ
声もかけずにくるりときびすを返したのは
今日が4月1日という特異日だったからでその上にそこが
先輩の田中トムとの待ち合わせ時間と場所だったからだ
それでなくともややこしいあの男に
エイプリルフールという日に出会えば
どんなうっとぉしい事になるか知れたものではない、
という獣めいた直感だった
それなのに
「あれぇ?シーズちゃん?」
今日はどうしたの
つれないなぁ
とワザワザ自分から
耳障りな声と言葉をかけてくる宿敵を
何度本気で殺そうと思った事か
こうなった以上は仕方ねぇ
と
平和島静雄は腹を括ってポケットに両手を入れたまま
くるりと向き直る
「手前とは今日は一切喋らねぇ。」
「え?何それ?」
「煩ぇ。あっち行けノミ蟲。池袋来てんじゃねぇ。」
「あっははぁ。もしかしてエイプリルフールだからぁ?」
何がそんなに嬉しいのだか
あっちも両手を上着のポケットに入れたまま
ぴょこりと跳ねて来て満面の笑みで真正面に立たれると
今日は用心して手出ししないと決めた静雄の決意が呆気なく揺らぐ
「手前・・・やっぱ殺す・・!!」
「それは勘弁。俺まだやりたい事沢山あるんだよね。」
手近かにあった標識を引き抜いて振り抜くと
器用にひらりと避けて走り出すのは高校の頃と同じだ
折原臨也の身の軽さとすばしこさは変わらない
そして自分がそれにムカつき続けるのも
同じだ
自分達が出会ったら使う台詞から動き
自分のやり様も相手のやり様も昔から同じだ
そう考えると虚しくもなるというものだが
これしかやり様を知らない静雄には如何ともし難い
「手前!!今日こそブッ殺す!!」
「あははぁ。いーいねぇソレ。」
今日はエイプリルフールだし
もし
「俺が君に殺されたって情報流したところで」
きっと誰も信じないよねぇ
「・・・ソレ。結構面白いかもね。」
フッ、と
一瞬
笑い顔は確かに見た
標識が空を切る音
確かな手応え
血の匂いと
ドサリと地面にある程度の質量のものが落ちる音
静雄!!というトムの声を夢の中のように聞き
やがて彼が地面に落ちた物体へと駆け寄って
その流れ出すものに手を濡らしながら救急車と叫ぶのを見た
救急車?何だそれ?とはまず静雄が思ったことだった
そんなものは必要ないだろう、と
何故なら
確かな手応えがあった
肉ならず
骨まで砕く手応えと音
あの衝撃を受けて
生きていられる奴が居るとは思えなかった
あぁ俺とうとうヤっちまった、と静雄は手から標識を捨てて
静雄、ちょっと待てお前早まんな!!というトムの声を背に
そこから
走り出す
ノミ蟲の家族にどうやって謝ろう
あの双子の妹達は泣くだろうか
いつでも兄貴を殺していいとは言っているものの
それが現実になれば到底許せないだろう
あぁそして自分の家族、特に弟だ
有名人の弟は実の兄が人殺しになったら
仕事はどうなるこの先芸能界から閉め出されるだろうか
そんな事柄が頭を満たすばかりで
実際には何から行動を起こすべきなのかが皆目不明で
その日
池袋の街に居た多くの人々が
僅かに血しぶきの飛んだバーテン服で
雑踏を駆け抜けていく平和島静雄の姿を見ていた
どのくらい走っていたのか解らない
何処を走っていたのかも
気が付けば
辺りは完全に日が暮れて
静雄は汗みどろで何処かの街の歩道の上で
さすがに息が続かなくなって両膝に手をつき立ち止まっていた
肩で息をしながら辺りを見回すと
見覚えのまるで無い建物や街路灯
人の流れも池袋に比べると少ないが車道と歩道は広い
立派な大通りや建物、歩く人の様子からして大きな街だ
静雄は辺りを見上げてやがて街路灯に書いてある字に気付いて読んだ
「・・・銀座?ココ銀座かよ・・・。」
道理で歩いてる奴らの雰囲気が落ち着いてて高級そうで
池袋とはまるで違うな
と
妙なところで静雄は感心して袖で流れる汗を拭く
「・・・どんだけ走って来てんだ俺・・・。」
トムと待ち合わせしていた池袋の公園からここまで
何処をどう走って来たのか
ともかくも走ってきたことだけは確かなようだ
ポケットの小銭を探って自販機でスポーツ飲料を買い
2本ほど一気飲みして
いつもはむげに扱いがちな自販機に静雄は感謝した
「・・・つぅか。今何時だ?」
丁度見える大きな交差点の建物の上の時計台を見ると
もう夜の8時を過ぎている
立派な大通りの横の細い道からは
チラホラと夜の仕事の客引きも見え隠れしていて
池袋では目立つこの静雄の服装でもさほどの違和感は無かった
「・・・携帯、どっかで落としたな。」
あれだけ走ったせいだろう
ポケットに入れていたはずの携帯は
いつの間にかそこから無くなっている
「・・・れ?引っかかってるか?」
ポケットを探って落としたと思った携帯だが
ストラップのお陰で
辛うじて危うい状態でベルト通しに引っかかっている
だが開いて見ると散々走って揺らせたせいか
その途中で何処かにぶつけたものか
画面は真っ黒で電源も切れていて
電源を入れ直して操作してみても動きがおかしく
受信履歴なども綺麗さっぱり消えていた
メールの受送信もやってはみたものの全て繋がらない
「ま・・・いいや。」
どうせこれから
警察に自首するんだしな
と
静雄は溜息をついて携帯を捨てようとして
しかしやはり個人情報の入ってるものだしとポケットに入れ直す
「・・・さ。行くかな。」
警察
銀座ならきっとすぐに見つかんだろと
歩き出した静雄はすぐに交番を見つけた
だが
静雄はどうしてもそこで足を止める事が出来ず
丁度通行人に道の説明をしていた警官の前を
ポケットに両手を入れたまま
ただ
行き過ぎただけだ
昼間なら
もしかすれば目敏い警官は
静雄のバーテン服に僅かに飛び散った血を
見逃さなかったかも知れないが
繁華街とは言え夜の暗さと人波の陰
衣服に飛んだ臨也の血を
警官が見咎めることは無かった
さりげなく足早に
交番から遠ざかって静雄は深く溜息をつき
まだ汗ばんでいる頭に手を突っ込んで掻き回す
別に警察が怖いわけでは無い
臨也にハメられた一件で事情徴収のイロハも心得ている
警官にだって刑事にだって話せば解る奴は居るし
今更逃げ隠れするつもりは毛頭無い
しかし
どうしても
頭に浮かぶのは家族のことだった
万が一こんなこともあろうかと自分の家族なら
いつだって腹を括ってくれているかも知れないのだが
(寧ろ今まで殺人に至らなかったのが幸いだった)
実際に自分達の息子が、実の兄が
殺人者になったらどうだろう、と思ってしまうのだ
どうしても
そして
『イザ兄ぃ』と
あのノミ蟲の事を呼ぶ
まだ幼さの残る双子の臨也の妹達
臨也の両親のことはほとんど知らないが
あの双子の姉妹とは付き合いも長い
あの子達に、臨也の両親にどう謝ろうか、と
許して貰えるだろうとは
思っていないが
どう謝っていいのかがどうしても解らない
『いつも通り』