嘘つきの嘘の始まり
『アイツは避け切るものと』
『思ってました』
と
そう言って頭を下げれば良いのだろうか
いつも通り
そう
何も
いつもと違いは無かったのだ
あの手応えを感じる瞬間までは
あの時
臨也は
確かに一瞬笑っていたのだ
もしかしたら
これは彼特有の悪い冗談で
なーんてね、嘘だよ冗談だよ
シズちゃん引っ掛けるのなんてワケないよね
と
そうであったらどんなにいいか
と
静雄は歩道脇の公衆電話ボックスにトン、と突き当たる
今まで何年間も
暴力をふるってきた自分だから解る
臨也はあれを冗談にするつもりだったのかも知れないが
あの手応えは冗談で済むものでは無かった
駆け寄ったトムの周囲に見えた血の量
血相を変えた彼の叫び声と蒼白な顔色は嘘じゃない
大体トムが臨也の事で自分に嘘をつくいわれも無い
あのノミ蟲が
エイプリルフールに絡めて何らかの小細工を考えていたにしろ
事態はそれを通り越し
彼の身体が標識に深く抉られ飛ばされたのは事実だった
「・・・意外と冷静なモンだな。」
確かに
腐れ縁の宿敵をこの手で殺めた
なのにこの冷静さはどうだろう、と静雄は苦笑して
公衆電話ボックスの扉を押し開ける
「つか・・・テレカ無ぇし。小銭も無ぇ・・。」
さっき
自販機で飲み物を買った時に丁度小銭は使い果たしていたし
こういう時にあってしかるべきテレホンカードの自販機が
この公衆電話ボックスには備え付けられて居なかった
「・・・コレぶっ壊せば中に小銭入ってるよな。」
と平和島静雄は自分の利点を活かそうかと思ったが
「あ、イヤそれだと電話壊れて使えねーし。困ったな。」
と
瞬時に考え直して溜息をつき
「・・・交番に行きゃ電話貸して貰えっかな。」
と考えて
イヤイヤそれだと一気に自首モードだしと髪を掻く
「・・・とりあえず自首よか先に」
せめて
有名人である弟にだけは連絡をつけたいところだよな
と
電話ボックスの狭い天井を見上げる静雄は
どうにも参ったなこりゃ
と
再度溜息をついて呟いた
「しょうがねぇ・・・。」
金も無ぇし
「また走って池袋まで戻るか・・・。」
少なくとも
幽の部屋の前で待ってたら
「あいつそのうち帰って来るだろうし。」
電話ボックスを出て
来た方向に向かって走り出した静雄は
自分が酷く冷静なようでいて
その実全く冷静さを失っている事に気付くはずも無かった
「・・・つか、マジきついなさすがに。」
ウロ覚えのルートを逆走して
さすがに週末でも無いこんな平日には
人も減った池袋の街へ静雄が戻って来たのは
「・・・もう真夜中だっつーの。」
と
自分突っ込みもしたくなる夜中の11時過ぎ
「あー・・・。膝にキた。」
と
噴水前のコンクリートに腰を下ろして
とりあえずは息を整える
すると突然
捨てるのを思いとどまってポケットに入れておいた携帯が
ブルルルと振動を始める
「っつ・・・!生きてたのかよコレ?」
慌てて携帯を取り出して
慌て過ぎてお手玉しそうになりつつ静雄は受話ボタンを押した
「ハイ。」
『静雄?!静雄君?!』
「・・・新羅か。俺、」
『良かった!ずっと繋がらなくて!スグ来て!』
「俺、ノミ蟲のヤツ、」
『生きてるよ!!けど危ないから』
スグに来てと
新羅の声がした時にはもう静雄は走り出しながら
何処行きゃいいんだとっとと教えろ、と
怒鳴っていた
金は行った先で支払うからと力尽くでタクシーを止め
ドアを引き千切る勢いで乗り込んで
再び役立たずになった携帯を握りしめて
新羅に教えられた場所を怒鳴り
救急病院に着くと金は知り合いの医者が払うから
欲しけりゃ俺についてきなと言い捨てて
救急搬送口のインターホンにすぐに折原臨也に会わせろと叫んだ
怯えた看護師に中に通され
そこで待っていてくれたらしいセルティが
こっちだとばかりに手を引いて静雄を案内する
「ノミ蟲生きてるって本当か?!エイプリルフールじゃねぇよな?!」
『重症だが生きてる。まだ。』
と
差し出されたPDFに静雄は唇を咬む
処置中
という光が眩しく表示されたドアの前の廊下で
ベンチに腰掛けている人影が数人
その中にあの双子姉妹の姿も見えて
それが臨也の家族だと気付いた静雄は瞬間的に固まった
「・・・あの、すみません俺、」
「あぁ、静雄!早く中へ!」
静雄が頭を下げかけた時ドアが開いて
現れた知り合いの医者が静雄を中へ引っ張り込んだ
「新羅!俺はあいつの家族に、」
「後でいいから!折原君が待ってる。」
グイグイと引っ張り込まれて消毒され
滅菌服を着せられてマスクに帽子
靴もサンダルに替えられて
引き摺るように
連れてゆかれたベッドの脇
チューブやら何やら
色々なものに繋がれ白いガーゼや包帯に包まれた宿敵が
うっすらと痣と擦り傷の見える蒼白な顔で
「やぁ。やっと来たね」と酸素マスクの下で笑った
聞き取れない程の
掠れた声で
「・・・手前。」
「・・・シズちゃんさぁ・・・どんだけ怪力なの・・・」
「・・・すまねぇ。」
「俺さぁ・・・アレ・・・FBIも使ってるっていう」
最新鋭の防弾チョッキ着てたのにさ
と
苦しい息でハハッと臨也が笑った
「・・・あっさり無視してくれちゃって・・・このザマ・・」
「・・・やっぱ、仕込んでやがったか。」
「・・・たり前でしょ・・・エイプリルフールだよ・・・」
でも
失敗しちゃったなぁと臨也はまた笑った
「・・・俺、シズちゃんのそういう顔・・・見たかったんだけどね」
これじゃ
「・・・何て言うか・・・俺の不戦勝になっちゃうよ・・・」
それに
「・・・俺の死にネタ・・・ネタになんなかったら・・・」
折角のエイプリルフールが
「・・・台無しだよねぇ・・・最悪・・・」
「・・・・・・。」
「・・・ホント・・・最悪・・・」
シズちゃん
泣かせてみたかったけど
「・・・泣いたあと・・・怒らせられないんじゃ・・・」
泣かせた意味ないよねぇ
と
臨也が苦しい息の溜息をついて笑った
「・・・ホント最悪だから・・・こういうの・・・」
「・・・すまねぇ!!」
下を向いて落涙しながら
絞り出した声に
酸素マスクの中で折原臨也は苦笑する
「・・・だから・・・それが最悪なんだって・・・」
シズちゃんてホント
「・・・馬鹿だよねぇ・・・いい加減・・・疲れる・・・」
「・・・・・・。」
「・・・なーんてね・・・って嘘に・・・するつもりだったんだけど」
失敗したの
俺だし
「・・・そうやってシズちゃんに・・・謝られると・・・」
ホント
最悪なんだよね
と
臨也は笑う
「・・・まぁでも・・・・許してあげるよ・・・」
「・・・臨也。」
「・・・だって俺」
シズちゃんの事
誰よりも
好きだしね
と
言われた静雄は
思いがけない台詞に瞠目する
「あはは」
「その顔」
「やっぱり全然」
「気付いて無かったんだ」
「ホント」
「シズちゃんて馬鹿だよね」
「俺が何の為にあれだけ」
「ちょっかい出してきたと思ってる?」
「用も無いのに」
「何故池袋の街に度々顔出してたか」
いい加減