Sfと至が幻想入り
「Tes.『紅美鈴』様、母体自弦振動、子体自弦振動ともに登録いたしました」
「何をやっているの?」
「事後承諾です」
「いや、訳が分からないんだけど……」
このままでは埒があかない、と悟ったのか、美鈴は後ろで座ったままの至へと問いかけた。
「あなた達は、何をしにここまで来たの?」
この問いに、至は薄く笑みをうかべると、
「目的はない」
と答えた。美鈴は小さく、ふーん、ないんだー、と呟いたが、再び至の口から、
「だが、問いならある」
と発せられた言葉に不可解な表情を見せた。
「その『問い』っていうのは何?時間もあるし、私の分かることなら答えるけど」
「忙しいんじゃなかったのか?」
「雑談も仕事の内ってこと。で、なーに?」
「ここは、どこだ?少なくとも、俺達の元いた世界ではないことは分かっているが」
「…………!!」
美鈴は、一度目を見開いたかと思うと、またゆっくりと元の表情に戻っていった。
「そうね、多分あなた達は、ここでは『外来人』、と呼ばれる存在になるわ」
応えるのはSfだ。
「その『外来人』という単語の意味は、別の世界から来た者、という意味ですね?」
「この世界を知らないのよね?ならそれで合っているけど……。そう、紅魔館に外来人が現れるっていうのも、随分と久しぶりね」
至が頭を振りながらゆっくりと言った。
「本当に、ここは別の世界なのか?」
「厳密に言えば、『別』というのも違うはずだし、第一私にとっては本当の世界だけど。でも、あなた達にとっては、別の世界になるんでしょうね」
「別ではない……。じゃあここはどこなんだ?」
「『どこ』って言って、場所を答えられるわけじゃないけど、名前で言うのなら、ここは、」
言葉が告げられる。
「『幻想郷』という世界よ」
●
女性、いや、少女は、硝子の中に落ちていく砂をぼんやりと眺めていた。周りをシンクや食器棚が取り囲む、やや大きめのキッチンだ。しかしただぼんやりとしているのではなく、紅茶を蒸らす間に若干の休憩をいれていただけである。
新しい茶葉は勝手がわからない。
主に完璧でないものを提供するのは、彼女のプライドが許さなかった。だからこそ、こうして何度も蒸らす時間や水の温度を変え、実験している訳である。
とはいえ、さすがに限界を迎えていた。この紅茶を飲むのは今日だけで6回目だったし、大量に不味い紅茶を飲んでいては、舌が保たないからだ。
呼気は静まり返った空気に新たなる刺激を与え、乱気流を発生させる。
「ひとまず、明々後日までは残っているアールグレイでいいとして、それまでにこの茶葉を上手く入れられるようになっているかしらね……。でもまあ、お嬢様のためなら自己犠牲も――」
そこまで思考を進めた時だった。
「?」
ふと視線を向けた先で、窓がビリビリと震えていた。
「間抜けな鴉でもぶつかったのかしら?」
自分なりの冗談に、軽く口元を緩ませる。が、その推測には何かしらの違和感があった。
「……でも、この館は煉瓦造り。振動なんてそう伝わるはずが…………」
論理的に進めていく。
「音?」
考える余地を奪うように来る。
長い音ではなかった。しかし、強く響く音。それは、
「悲鳴?それも、美鈴の……」
一瞬、脳裏に快活な門番の顔が浮かんだが、彼女は門番のこととなると楽天的な予測を立てるという悪癖を持っていた。
「まあ、大丈夫だとは思うけれど、一応ね、一応」
無意識の内に自分に言い訳をしながら、今までいたキッチンの扉を開ける。途中、意思を持たずに落ち続ける砂が目に入ったが、
「重力がなければ紅茶は永遠に完成しないのかしら?」
いつの間にか結ばれていた唇が綻んだ。
「いいえ、咲夜。紅茶が完成しないのは、時間を奪われている時だけ」
次の瞬間。
自分を咲夜と呼んだ従者は、キッチンから消えていた。
●
門の前。至とSfの表情には、特に変化が起きていなかった。それに困惑の表情を見せたのは美鈴だ。
「え?その……『幻想郷』だ……。『幻想郷』じゃ……。ほほ、『幻想………」
「いや、別に俺達は言い方が気に入らなかったからリアクションをとらない訳じゃないんだが」
「えー?じゃあ何が不満なの?もっと驚くでしょふつー」
美鈴が頬を軽く膨らませる。
「名前だけで驚くってことはないと思うんだがな……」
「……それもそうか」
「それで、『幻想郷』とはどのような世界なのでしょう?」
Sfが首を傾げながら質問すると、美鈴は腕を組み、「そう言われるとなあ……。うー、むー」と呻り始めた。呻り声の間隔は次第に長くなっていき、
「何故だろうか、俺の目には考えながら眠り始めたように見えるんだが」
「大変器用な行動であると思われます。出雲様並みかもしれません」
「つまり?」
「筋金入りです」
Sfが美鈴に近寄り、今度は肩の方へと手を伸ばした。
その時。
「何をなさっているのですか?」
声が響き、風に流された。
至達から少し離れた先。門の反対側の端に、いつの間にか少女が立っていた。
「接近する生物は探知できませんでした」
と言いながら、美鈴の前にいたSfが至と少女の間に体を滑り込ませる。
「なんだその言い訳じみた報告は」
「残念ながら瞬間移動には対応しておりませんので。要望は独逸UCATまでお送りください」
「送るとどうなる?」
「Tes.独逸UCAT公認キャラ『俺のソーセージくん』の特製ストラップが貰えます。ノークレーム、ノーリターンで」
「…………」
「話は済んだかしら?」
「ああ」
「それは良かった」
少女の顔には血管が浮かび上がっているようにも見えたが、彼女は静かに微笑むと、
「私は十六夜咲夜。ここ、紅魔館のメイド長をしております」
と言って、優雅なお辞儀をした。
「それはどうも。私の名前はSein Frauと申します。Sfとお呼びください。こちら、大城至様の侍女です」
「そう。今日は、Sfさん。それで、うちの門番に何をしようと?」
「起こそうかと。話している最中に眠り込んでしまわれたので」
「話している最中に眠る?吐くならもう少しマシな嘘にしなさい。そんなことある訳――ある訳……」
咲夜は寝息を立てている美鈴に顔を向けると、
「ある訳……ないでしょう……」
非常に自身なさげな表情で言い切った。
「その割には己の言葉を疑っているように見えるが?」
「…………」
咲夜は無言で美鈴に手を伸ばすと、肩を揺さぶった。
「美鈴?美鈴ー?夕食の時間ですよー?」
「ん……んん……?」
美鈴が目を擦りながら身動きする。
「あれ、私いつの間に寝て……」
「よくお眠りになっていましたね」
「ああ、Sfさん……。って、咲夜さん!?どうしたんですか!?」
「それはこちらの台詞です……。叫び声を聞いたから来てみれば、あなたが寝ているんですから」
「ああ、それで」
美鈴は納得したように頷くと、「はて……?」という顔をして首をかしげた。
「私、何で寝たんでしょう?」
「幻想郷についての説明を要求しました」
「ああ!そうだったそうだった!咲夜さん、このお二人は何と外来人なんですよ。さあ!幻想郷についての説明をがつーんと!」