Change,change,change!
放たれた銃弾は鏡に食い込む。
放射状に綺麗に罅の入ったその板は、一瞬の間を置いてばらばらと破片を振りまき剥がれ落ちていった。
「………」
僅かに壁にとどまる鏡の残骸。そこに映るものは瞬きしても変わらないようだ。
頬をつねって見ようかと思ったが、なんとなくそれは躊躇われる。
嘔吐しそうな気分、だった。
かつて無いイレギュラーな事態に、脳が正常な判断をすることを放棄してしまったらしい。
――と、その時。
二階の部屋の扉が、ばたりと開く音が聞こえた。
ぱたぱたと軽い音を響かせて階段を下りてくるのは、おそらく妹のはず。
否、確かに妹である。
ただし現在の自分の状況を考えて、普段どおりの姿をしている可能性は限りなく低い――
ゆっくり近づいてくる足音。気配。
いまだかつて無いほどに活発に動き続ける心臓のあたりを思わず抑えて、うつむいた。
見たくない。
見たくないが、見ないと何も始まらない。
「……お兄、さま………?」
声が響いた瞬間泣き出したくなったと言っても、誰も我が輩を非難しないはずだ。
と、信じたい。
. . . . . . . . . . . . . . . . . .
困惑顔でパジャマの裾を掴んでいる自分が、そこに立っていた。
「一体何が起こったというのだ…!」
「それは、わかりませんけれど……」
混乱して泣き出しそうにも見える私。の、姿をした兄様。
ええ、何がなんだかわかっていないのは私も同じです。ですから落ち着いてくださいまし。
居間へと移動して、着替えもせずにダイニングテーブルについている私と兄様。
それ自体は別に何もおかしくありません。が、普段とは座っている椅子が逆なのです。
兄様の椅子に座る私と、私の椅子に座る兄様。傍から見ればそう見えるに違いありません。
何故って。
どうやら、私と兄様の身体が入れ替わってしまっているようだからなのです。
「寝ている間に何か変わったことなどはあったか」
頭を抱えていた兄様は、少し落ち着きを取り戻したらしく私にそう聞いてきます。
「いえ、何も…」
「考えられる原因というのは何であろうか…」
眉を寄せてうーんと考え込む兄様。
私は昨日のことを思い返してみます。
朝起きて、兄様と朝食を食べて。
後片付けをしてから私が洗濯を、兄様が掃除をして。
その後二人で買い物に行って、久しぶりに外でお昼御飯を食べて。
途中色々な方にお会いして、楽しい時を過ごしました。
そうして、家に帰ってきて、夕御飯を作って。
ルートヴィッヒさんとギルベルトさんがくれたジャガイモを使ったラクレットはとても美味しかったです。
それから夜にフェリシアーノさんが庭を通りかかって、それを兄様が叱って…
特に何もおかしなことはない、普通の楽しい一日でした。
それなのに、一体どうしてこんなことに。
「……まったく思い浮かばん。これでは拉致があかないな」
再び頭を抱えてしまわれた兄様。
私も見当がつきません。
ですが、とりあえず…まずは落ち着いて、それからいろいろなことを考えたらどうかと思います。
「…兄様、朝御飯を食べませんか?」
「……こんな時にそんな悠長なことはしていられんだろう」
「いえ、ですが…このまま考えていても問題は解決しないのではないかと思うのです。
まずは着替えて、それから御飯を食べて。ゆっくり、落ち着いてから原因を考えたらどうでしょう」
「………」
黙り込んでいた兄様は、やがてはぁと一つ溜息を付いてようやく顔を上げてくださいました。
…自分の顔を客観的に見る、という経験はなかなかないものでしょう。まして、このような表情をした自分など見たこともありません。
こんな事態ではありますが、なんだか面白くなってきました。
「…我が輩は兄失格であるな」
「そんなことはありませんわ」
「このような非常事態だというのに…妹を安心させるどころか、逆に安心させられてしまっては」
「いいえ。私が落ち着いていられるのは、兄様が傍にいてくれるからです」
入れ替わったのだって、他の方が相手だったらどんなに心細く思ったことでしょう。
相手が良く知っている、大好きな兄様だから。入れ替わっても傍にいてくださるから。
だからこそ私は、落ち着いて物事を考えることができるのです。
「そうだな。流石にパジャマのままではいかんだろうから、まずは着替えをしよう」
そういって立ち上がった兄様。
しかし居間を出ようとして、そのまま立ち止まってしまわれました。
「…リヒ」
「何でしょう、兄様」
「………我が輩、どうやって着替えをしたらいいのだろうか」
「……………あ」
思わず顔に血が上ってくるのがわかりました。
入れ替わっているということは、私の身体は兄様のものになっているということですから…つまり、兄様は私の身体を見なければいけないということに…
「…だ、大丈夫です…兄様なら…」
とっても恥ずかしいですが、兄様になら見られてもかまいません。
小さくそう告げると、兄様はすまない、なるべく見ないように努力する、と言って足早に廊下を進んでいきました。
私もその後を追います。
…ということは、私も兄様の身体で着替えをするということ。
この状況でなら、色々と可愛らしい格好をした兄様が見られる……ということにはならないでしょうか。
「私ったら、なんて不謹慎なことを…」
「?何か言ったか」
「いっ、いえ!なんでもありませんわ」
「……そうか」
作品名:Change,change,change! 作家名:あさひ