真夏の昼の薄桜鬼(サンプル
「一くんが僕のことを好きでいてくれれば、それでいいんだから……」
まだ一度もちゃんと想いを告げてはいない、でもこの薬を使えば、一の心を手に入れることができる……。総司は喉をゴクリと鳴らして、小瓶の中身を一の目に塗った―――。
とその途端、
「くしゅん!」
とまた可愛らしいくしゃみをした者があった。
第一幕 第二場
振り向くと、千鶴が目を覚ましていた。
「あれ? 私、いつの間に眠っちゃったのかな。ええと、配役は全部決まったんでしたっけ?」
「あー……そうじゃない、かなー……、ねえ一くん」
総司は誤魔化すように頭を掻いて、向き直った。そして、目に入ったものに硬直してしまった。
そこには、顔を上げたばかりで、千鶴の方を向いたまま、息を詰めたように耳まで赤く染まってしまっている一の姿があった。
(ええっ、一くん、もしかして……)
「あっ、斎藤先輩も寝てたんですか……。っていうか、なんで他のみんなも寝ちゃってるんでしょう?!」
そう言いながら近づいてくる千鶴に、一は跳ね上がるように上半身を起こした。その視界に、総司は全くと言っていいほど入ってはいなかった。
「そ、そ、そうだな、ではみんなを起こして、早速劇の練習を始めよう」
一は立ち上がると千鶴の手を取った。
(もしかして、千鶴ちゃんを最初に見ちゃったの――?!)
「ええ?! でも今日はとりあえず配役だけ決めるということだったんじゃ……」
あたふたする千鶴に、
「しかし、普段は俺たちも部活や委員会がある。時間があまりあるとは思えない。有志なのだから、時間がある時に集中して練習をするべきだ」と至極真っ当な返事をする一。
そこに、
「……ん? 俺とした事が、こんなところで寝入ってしまうとは……。おい斎藤、わが妻に触れるな! 俺の居る所でわが妻に言い寄るとは、お前、なかなかいい度胸をしているな」
声の主は千景だった。剣呑な表情をして立ち上がる。
(……よりにもよって、次はこいつか……)
狼狽する総司をよそに、一は淡々と言い放った。
「劇の練習だ。俺はこいつの恋人役だからな」
「なに?」
一は黒板を指差した。確かにそこには、
ライサンダー:斎藤一
ディミトリアス:風間千景
と書かれてあった。総司は落胆した。
(あああ、やっぱり・・・)
「練習なら、これから我が家ですればいい。さあ、行くぞ千鶴」
むっとした千景が総司たち三人のところまで近寄って来る。
(ええと、ややこしくなる前になんとかしなきゃ!)
作品名:真夏の昼の薄桜鬼(サンプル 作家名:井戸ノくらぽー