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井戸ノくらぽー
井戸ノくらぽー
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真夏の昼の薄桜鬼(サンプル

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「まあ、憎まれ役は俺の得意な役どころだ。じゃあな、頑張れよ雪村。お前の晴れ舞台、楽しみにしてるぞ」

 土方は微笑んで、教室を後にした。

「では、ヒロインの相手役を決めたいと思います」
「はいはいはいはい!」平助が勢い良く手を挙げた。「俺やりたい! ってことで決まりだよな」
「何を言う、我が妻の相手役なのだから俺に決まっているだろう」
「はー? 俺だって幼馴染なんだからな! ていうか、お前勝手に結婚とか決めてんじゃねえよ」

 そこに参戦したのは薫だ。

「ちょっと待てよ、俺だって従兄なんだから結婚だってできる。相手役にはぴったりだろ」
「そういう問題か?!」
「では他にヒーローをやりたい人は?」

 さりげなく自分も手を挙げている山崎が訊ねると、なんと天霧も手を挙げた。

「なっ、天霧! 貴様、この俺を裏切るのか?」
「いえ、しかし、こんな機会は滅多にあるものでは……」
「あっはっは、おもしれえな〜、確かに主役張れる機会なんて滅多にねえもんな。じゃあオレも立候補っと」

 不知火までもが手を挙げた。

「!!」
「ヒーロー6人てどうすんだよ、これじゃ白雪姫でもやった方がいいんじゃねえか」
「おい、天霧、辞退しろ」
「嫌です」

 再び騒然となった教室で、千鶴はオロオロしている。
 先刻からなかなか事が運ばないのにイライラしていた総司は、ついに仕方なく発言した。

「こんなにやりたい人が多いんなら、くじ引きとかにするしかないよね。ジャンケンとか」
「うむ、ジャンケンではややこしくなりそうだから、あみだくじなどが公平でいいだろう。雪村に作ってもらおう」
「そ、そうですね! 私もそれがいいと思います」

 一も助け舟を出してくれたので、千鶴は山崎と協力して、黒板に配役のついたあみだくじを書いた。

「僕のは余ったのでいいからね」

 総司はそう言うと机に突っ伏した。山崎が役の説明を始める。

「ライサンダーがハーミアの恋人、そのライバルがデミトリアス、その元カノがヘレナ。この関係をかき回すのが妖精のパックと妖精王オベロン。他にオベロンの妻ティタニアとハーミアの父、それから町の領主シーシアスがいます……」
(大体さー。ヒロインが千鶴ちゃんなんて当たり前すぎるんだよねー……)

 山崎の声が、次第に子守唄となって、総司は意識が遠のいていった。


第一幕 第一場


「んん……」

 総司が目覚めてみると、辺りは夕暮れも近くなっていた。目に入ったのは机に突っ伏したまま隣ですやすやと寝息を立てる一の長い睫毛。

(あーもう、無防備なんだから……)

 総司は自分の心臓が少し強めに鳴り始めるのを感じた。一の柔らかな紫紺の髪に触れようとして、はっと気づいて周りを見回すと、教室の中では総司以外の全員が眠っていた。

「え、一体どういうこと……?」
「おっかしいなー、一人だけ魔法にかからなかったのかな」

 突然背後からかけられた可愛らしい声に驚いて、総司は振り返った。そしてさらに驚くことになる。

「き、君は一体だ、れ……」
「あれ、僕が見えるの? まだこんな人間がいたなんて、珍しいなー」

 そこには、掌サイズの、チョウチョのような羽根が生えた、子どもが浮かんでいた。
 普段は何事にも動じることのない総司も、これには流石に目を疑って何度も何度も瞬きをした。

「何これ、人形? SFX? どういうドッキリなの?」

 教室のどこかにビデオカメラがないか確かめると、思わず総司は目の前の生物……に手を触れてみる。少しひんやりしているが、人間の子どもと同じような柔らかさだ。頬をつついてみたり、髪の毛を軽く引っ張ってみたりした。


「おい、止めろよ!」

 生き物は嫌がっているが、総司はだんだん楽しくなってきた。子猫のように襟首を掴んでみる。

「これって……もしかして妖精ってやつかな?」
「そうだよ、俺様はパックって妖精だよ! 離せってば!」
「……パック? パックって」

 総司は黒板を見直した。書かれたあみだくじを辿ると……パックという名前を見つけ、それが自分の名前に繋がっていることを発見する。

 パック:沖田総司

「あ、あははは……。まさか、あの『真夏の夜の夢』のパック、なんかじゃないよね」
「そうだよ! そのパックだよ!」

 その自称「妖精パック」は、暴れて総司の手から逃げ出してぼやいている。

「全く、こんな意地の悪い腹黒そうな人間が、なんで妖精見えるんだか……」
「うーん、わからないけど。で、何の用でここに来たの」
「あ、そうそう、それだ。オベロンさまの使いの帰り、お前たちがどうも困ってたように見えたからな。あの娘を巡って男たちが争ってたんだろう? 可哀想にな」

 パックは教壇の上で眠っている千鶴を指した。

「ん? あー、そうだったかもね。僕は関係ないけど」
「俺様はもうオベロン様の所に帰らないといけないからな、お前に俺様の代わりをやってもらおう」
「何だって?」

 パックは腰についていた袋から、小瓶を取り出した。

「これは南の島からオベロン様が取り寄せた、“ラブラブポーションNo.1”という媚薬なんだ。これを眠っている人の瞼に塗ると、目を覚ました時に最初に目に入った相手がライオンだろうがクマだろうが恋してしまう。これを一つ、お前にやるよ」
「つまり、どういうことさ?」

 めんどくさそうに総司は訊いた。

「今、ここの人間全員には眠りの魔法をかけてある。そこにこの“ラブラブポーションNo.1”を使って、この娘が本当に想っている男の他は、適当に他の者を好きになるようにすればいいだろう。この教室以外の空間は時間を止めておくから、その間になんとかしろよ」
「他の者って?」
「お前の隣で寝ている娘とか」

 パックが指したのは、確かにこの中では女性と見紛う体型の一だった。

「ちょ、ちょっと待ってよ! 一くんは……」

 総司は言いかけて慌てて止め、訊き直した。「僕が……君の代わりにそれをやっていいってことなんだね?」

「ああ、そうだよ。頼まれてくれるか?」
「勿論!」

 さっきまでとは打って変わってにこやかな笑顔で快諾した総司に、パックは疑いもなくその小瓶を渡した。

「じゃあ、あとは僕がうまくやっておくから、君は急いで王様のとこに帰りなよ」
「あ、ああ、わかったよ」

 パックは力んで羽根をフル稼働させると、「ぐるり地球を四〇分でひとまわり! じゃ、頑張れよー!」という声を残して弾丸のように飛び去っていった。


「……争ってた配役の方は、とっくに決まっちゃったみたいじゃない。あの妖精も、とんだマヌケだなあ」

 一人残された総司は、黒板のあみだくじをもう一度見て、貼り付けていた笑顔の口元をさらに引き上げた。

「それに僕は、千鶴ちゃんがモテているのは別に困ったことだとは思わないんだよね、残念ながら」

 総司が向き直った視線の先には、依然として眠り続けている一の姿。