決意は揺れて 2
気だるい身体を動かし、夕食の支度をちょうど終えた頃だった。テーブルの上においていたスマートフォンが着信を知らせる音を鳴らす。
画面を覗き込むと今すぐにでも合いたい人の名前が書かれていた。待ち望んでいた着信に、慌てて通話ボタンをタップする。
「もしもしっ」
『センパイ? そんな慌てて出なくても大丈夫ですよ』
受話口の向こう側で苦笑いするような声が聞こえる。
『なんか、久しぶりのセンパイ補充っすね。一週間以上経っちゃってるのかな』
「そう、だな」
普段の黄瀬と変わらない調子に、ほんの少しだけほっとする。
『仕事押しちゃって、もうすぐ移動しなきゃいけないらしいんですけど、ほんの少し無理言って電話かけさせてもらってます』
「忙しいのに、なんか悪いな」
『全然っ! 俺だって、センパイと話したかったんスよ』
センパイから甘えてくれるなんて珍しい。嬉しそうな黄瀬に、本題を話すのを躊躇ってしまいそうになる。それでも、と気を取り直す。
「えっと、元気にしてるか?」
『センパイと会えなくてちょっと元気なかったっすけど、今は大丈夫』
「そっか、あのな――」
『――――』
受話口の向こうで黄瀬の名前が呼ばれるのが聞こえた。ガサ、という物音のあと、少ししてから黄瀬の声が再び聞こえた。
『すいません、もう行かなきゃいけないみたいで』
「そっか。邪魔して悪かったな」
『いえ。でも、センパイの話……』
「私の話はいいから。というか、落ち着いて話したいことだから、また次の機会にでも」
嘘だ、今すぐ言ってしまいたい。
それでも、年上のプライドが邪魔をする。心配を、迷惑をかけないように振舞ってしまう性格がいつになっても抜けない。
嫌だな。
「時間があって連絡取れるときあるか?」
『うーん……五日後くらいにまた東京に戻るんですけど、センパイは仕事してる時間で』
「落ち着いたら、また教えてくれ」
いつでもいいから。
口癖のように繰り返される言葉をまた口にする。それに大人しく返事をした黄瀬は、急かされているようで早々に通話を切ってしまった。
焦ることはない。まだ大丈夫。まだ待てる。
五日後には、仕事終わりに電話に残されていた黄瀬からのメッセージにほっとする。ついでにと無理すんなとだけ黄瀬の電話にもメッセージを残してやる。
その翌日だった。
朝の支度中、時間をわかりやすくみたいためにつけていた朝の情報番組で、ふと耳に届いた単語に画面を見た。その画面で騒がれていた内容に、完全に手を止めることになった。
『いやー、驚きですね。年齢も近いですし、本命でしょうか』
週刊誌の見出しだろう、「黄瀬涼太熱愛!?」の文字を、ただ呆然と見ているしかなかった。