フリルのエプロン
「私も、アーチャーさんのエプロン姿見てみたいです」
桜までが頬を染めている姿を見て、アーチャーはがっくりと項垂れた。
「桜、きみもか……」
そして、同じく顔を赤くした士郎を見て、うんざりとした表情を浮かべた。
「貴様は何を想像したんだ。答えによっては切り刻む」
「お、俺は別に何も考えてないぞ。ほ、本当だからな!」
あからさまに挙動不審な士郎に、アーチャーはそれ以上追求するのをやめた。
追い詰めたら怖い答えが返ってきそうだったからだ。
「せっかく持ってきたんだから、さっさと着けてみなさいよ。案外似合いそうよ」
完全に面白がっている凛に、アーチャーも一応は抵抗を試みた。
「わざわざ持って来てくれたのにすまないが、これはあんまりではないかな」
「私がわざわざタダであげようっていうのに、それが気に入らないって言うの?」
「180センチを超えた大男にフリルのエプロンは、視覚の暴力だとは思わないのかね」
「綺礼も180超えてたけど、ちゃんとそれを着けてたわよ。だから大丈夫よ」
何が大丈夫なのか、小一時間問い詰めたいところだったが、こんな時の凛に何を言っても無駄だという事を、不幸なことにアーチャーはよくわかっていた。
それに結局は、凛に逆らえない自分もわかっている。
前は令呪の縛りがあったが、そんなものがなくても、この少女には逆らえないのだ。
生前の条件反射のようなものだ。
そのうちこいつも私のようになるのだなと、アーチャーは士郎を可哀想なものを見るような目で見つめた。
アーチャーとは違い、半ば凛と恋愛関係にあると言ってもいい分、服従度は自分よりも高いかもしれない。
生前のアーチャーと凛は、あくまでも生涯友人関係だった。
その自分でも、赤い悪魔には逆らえないのに、士郎はどうなってしまうのだろうかと、その行き先が心配になった。
道は明らかに違えているために、その未来は、かつては同一人物だったアーチャーから見ても不明なのだ。
無駄な足掻きで、アーチャーは袋の中にあるもうひとつを指差した。
「そっちは、なんだね。服のように見えるが」
苦し紛れに言ったことだったが、凛はにやっと笑った。
「よくぞ聞いてくれたわ! これは士郎に持って来た母さんの割烹着よ!」
「何故、割烹着なんだ?!」
アーチャーは叫んだが、すでにイリヤスフィールと桜の手で、士郎は割烹着を着せられていた。
それもなんとなく嬉しそうだ。
「へ、変じゃないかな?」
照れながら言う士郎は、女性陣に大好評だった。
「素敵です、先輩!」
「お兄ちゃん似合ってるよ!」
「ふっ。私の目に狂いはなかったわね」
アーチャーは目眩をおこした。
このままでは確実にフリルのエプロンを着ける事になってしまう。
だいたい、何故この未熟者は平気で割烹着を着ているのだ。
「衛宮士郎! 自分の姿を疑問に思わないのか? 何故貴様は微妙に嬉しそうなんだ!」
「だって、遠坂がせっかく持ってきてくれたものだろ。それにこれ結構重宝だぞ。腕も汚れないし、ポケットもあるし」
駄目だこいつは。
道を違えるといっても、こんな風に違えて欲しくなかった。
なんなんだこの男は。
アーチャーは士郎がさっぱり理解できなかった。
「あとは、あんただけね。ちゃんと着けてくれんでしょうね?」
「いや、凛。私はやはり……」
「着けてくれるわよね?」
凛の目力にアーチャーは敗北した。
しぶしぶエプロンを身に着けたアーチャーは憮然として、見物者たちに顔を向けた。
皆が、唖然としたような顔をして固まっている。
だから、視界の暴力だと言ったのにと思った次の瞬間、歓声が上がった。
「似合うじゃないの! 綺礼とは大違いだわ」
「アーチャーさん、可愛いです!」
「シロウったら、リョウサイケンボね!」
「う、うん。悪くないんじゃないか……」
口々に褒めてくる皆を見て、アーチャーは頭痛がしたような気がした。
もちろん気のせいだが。
「正気か? 君たちの目は飾りなのか?」
「似合うって言ってるんだから、素直に喜びなさいよ。素直じゃないわね」
これで喜んだら、何かが終わってしまう気がするが、アーチャーはこれ以上抵抗するのは諦めた。
皆が喜んでいるのだから、自分ひとりが犠牲になることぐらい仕方がないだろう。
「ありがとう、凛」
疲れたように笑うと、何故か全員が赤くなった後、反則と呟いた。
よくわからなかったが、これでいいのだろう。
アーチャーに多大なダメージを与えた騒動だったが、最後は円満に終わったようだ。
アーチャーのエプロン姿を見れなかったランさーが騒いだのは、蛇足である。
どんな日常にも落とし穴は潜んでいる。
アーチャーは、それを今日も思い知ったが、次の襲撃はやはり防げないのだろうなと密かに思った。
それでも、とりあえず、幸福なことなのかもしれない。
それが、有限の時間であることを知っているアーチャーは、ひっそりと微笑んだ。