Again 1 ( Heartbeat 2続編)
Again 1 (Borderline続編)
「ウェストン校で銃の乱射事件が発生。負傷者多数。
受け入れられる限界まで受け入れるから、直ぐに出てきて!」
夜勤開け、仮眠室でウトウトとしていた私を起こしたのは、
アンジェリーナ院長からの緊急コールだった。
ウェストン校といえば、良家の子女のための学校でセキュリティーもしっかりしている。
そこで銃の乱射事件が起きるとは、どういう事態が起こっているのだろうか。
しかも、そこには坊っちゃんも通っている。
「院長、坊っちゃんはご無事ですか?!」
医師としての私が訊ねるのは、坊っちゃんの安否より怪我人の方である筈だったが、
院長の甥であり、私にとって大切な人の事を尋ねずにいられるわけがない。
私の脳裏には、昨日の朝、私の家から学校に送り出した時の坊っちゃんの笑顔が蘇り、
胸をきつく締めつけられた。
僅かに沈黙が落ちる。
そうなると、嫌な想像しか浮かんでこない。
院長も当然ながら心配しているのに違いないが、
混乱が大きければ、一人の生徒の情報だけを手に入れるのは難しくなる。
「いいえ、今のところは分からないの。
学校の方も混乱が激しくて誰が無事なのか把握しきれないらしくて、
取り敢えずの報告があっただけよ。
大きな病院で一番近いのはうちの病院だから、
これから沢山の怪我をした生徒達が運ばれて来るわ。
もしかしたら、その中にいるかもしれない。
とにかく、今は私たちに出来る事をするしかないの。」
院長が電話を切ると同時に、私は宿直室を飛び出し駆け出した。
暫くすると、正面玄関は、ストレッチャーで救急搬送されてきた中程度から重傷者、
学校のスタッフに運ばれてきた軽度の怪我人、
怪我らしいものは見当たらないがパニック状態になっている生徒達等が詰めかけてきて、
それぞれに医師によるトリアージが行われ始めた。
救急車のサイレンが途切れる事無く聞こえてくる中、
私は形成外科が専門ではあるが、外科の方もある程度は診る事が出来るので、
その場で直ぐに対処できる怪我人から順に診ていった。
救急救命の為の処置室は、既に手一杯の状態らしく、
看護師達が応急処置の為の医薬品や道具を乗せたカートをあちこちへと運んでいる。
まるで戦場のような有様だった。
私に割り振られた患者の処置をしていたその時、
新たな患者が運ばれて来たのを見て、私は言葉を失った。
ストレッチャーの上に横たえられたその小柄な体は、坊っちゃんだったのだ。
頭部を負傷し、厚いガーゼに血を滲ませている。
「坊っちゃん!」
駆け寄って声を掛けたが反応は無い。
救急救命士から聞き出したところによると、犯人の乱射した弾が右目の際に当たり、
大量に出血している為、バイタルが不安定になっているのだという。
その場での処置では済みそうになく、
彼がそのまま手術室に運ばれていくのを、私は見送るしかなかったのだった。
坊っちゃんの事は気がかりであったが、自分では役不足である事は分かっていたので、
私は私の目の前にいる患者達に集中する以外になかったのである。
一頻りの騒ぎが治まり、パニックの落ち着いた怪我の無い患者は帰宅させ、
軽症者も自宅観察で済む者達を帰した。
手当てが済んだものの収容しきれない中程度の患者は、徐々に近隣の病院へと搬送され、
静けさを取り戻したのは、翌日の明け方の事だった。
私も他の医師達と同様に疲労困憊していたが、坊っちゃんの所へと急いだ。
手術後の麻酔からまだ覚醒しきっていないのは分かっていたが、
とにかく、彼の顔を見ずにはいられない気持ちだったのだ。
目いっぱいに簡易ベッドが置かれた病室の一部屋、
その中の一つに坊っちゃんが横たわっていた。
担当医師によると、眦近くを銃弾に抉られた傷は、深くはあったが、
そう目立つような傷跡を残さずに済むだろうとの事であった。
傷の治り具合を見て、もしも気になるようなら私が治せばいい。
あの滑らかな肌に少しの傷跡も残しはしない。
そんな事を思いながら、ベッドの脇の椅子に腰かけ、
生きて、私の目の前に居てくれる事に安堵して、
麻酔で眠っている坊っちゃんの、点滴の管が幾筋も繋がれた手を両手に包んだ。
怪我よりも重篤な症状が起こっているとは、
この時、誰が予想していただろうか。
翌日、目を覚ました坊っちゃんは、時に辛そうに眉根をよせ、
痛み止めの点滴も充分には効いていないようだったけれど、
その他に変わった様子はない様に見えていた。
傷の痛みに耐える坊っちゃんを励ますつもりで私は言った。
「坊っちゃん、早く治して帰って来て下さいね。
貴方がいらっしゃらない家は広く感じてしまいますから」
それを聞いた坊っちゃんは意味が分からないという顔をした。
「アン叔母様の家が?・・・どうしてお前がそんな事を?」
坊っちゃんの答えに違和感を覚えた。
やっと私達の事を院長に認めてもらうところまできて、
今では私の家に住んでいるのに等しいといえる様になっている。
だから、坊っちゃんにとっての帰る場所は私の家を指す筈なのに、
この答え方だと院長の家に帰るのが当たり前だと思っているようだ。
嫌な予感が私の脳裏をかすめる。
「坊っちゃん・・・。」
訊ねるのに躊躇してしまうが、確認しておかなければならない。
「これは医師としての質問ですが、坊っちゃんは何処に住んでいらっしゃいますか?」
坊っちゃんの表情は、如何にも質問の意図を不審に思っているものだった。
「アンジェリーナ叔母様の家だ。」
その答えに私は愕然とした。
坊っちゃんの記憶は混乱している可能性がある。
直ぐに担当医と院長に連絡をして、検査を依頼した。
検査の結果は保護者である院長しか聞く事が出来ない。
院長が私に結果の報告をしてくれると分かっていても、
私の胸は、ちりちりと焼けるように痛んだ。
こんなところで私と坊っちゃんの関係が、
公式にはまだ何ものでもないと思い知らされるとは予想の範疇外だった。
共に住んでいても、坊っちゃんにとって、私はまだ家族ではないのである。
医師からの病状説明を受ける資格を持っていないのだ。
その後、アンジェリーナ院長から訊いた担当医の話によると、
自分が同級生の女子生徒を庇う為に怪我を負ったのを覚えていない状態であり、
坊っちゃんには、学校で起きた事件の記憶が一部無いのだという。
脳には異常が無く、事件に巻き込まれた事による一時的なものだと診断されたのだが、
どういった事をどの程度忘れてしまっているのかは不明で、
何時、その記憶が戻るのかは分からないとの話だった。
他にも細かな所で記憶が曖昧になっていたり、
飛んでしまっていたりする可能性があると思われるという。
私と院長は、坊っちゃんの記憶を面会の度に会話の中から手探りで探っていった。
そして分かったのは、学校生活と私生活の幾つかについて、
やはり記憶が抜け落ちているという事だった。
例えば、銃を乱射する犯人から生徒達を守ろうとして被弾し亡くなった担任の名前を、
坊ちゃんは、はっきりとは思い出せなかった。
仕事の件でも、学校の友人の発言から着想したと言っていた新しい商品の企画について、
まるで覚えていなかった。
「ウェストン校で銃の乱射事件が発生。負傷者多数。
受け入れられる限界まで受け入れるから、直ぐに出てきて!」
夜勤開け、仮眠室でウトウトとしていた私を起こしたのは、
アンジェリーナ院長からの緊急コールだった。
ウェストン校といえば、良家の子女のための学校でセキュリティーもしっかりしている。
そこで銃の乱射事件が起きるとは、どういう事態が起こっているのだろうか。
しかも、そこには坊っちゃんも通っている。
「院長、坊っちゃんはご無事ですか?!」
医師としての私が訊ねるのは、坊っちゃんの安否より怪我人の方である筈だったが、
院長の甥であり、私にとって大切な人の事を尋ねずにいられるわけがない。
私の脳裏には、昨日の朝、私の家から学校に送り出した時の坊っちゃんの笑顔が蘇り、
胸をきつく締めつけられた。
僅かに沈黙が落ちる。
そうなると、嫌な想像しか浮かんでこない。
院長も当然ながら心配しているのに違いないが、
混乱が大きければ、一人の生徒の情報だけを手に入れるのは難しくなる。
「いいえ、今のところは分からないの。
学校の方も混乱が激しくて誰が無事なのか把握しきれないらしくて、
取り敢えずの報告があっただけよ。
大きな病院で一番近いのはうちの病院だから、
これから沢山の怪我をした生徒達が運ばれて来るわ。
もしかしたら、その中にいるかもしれない。
とにかく、今は私たちに出来る事をするしかないの。」
院長が電話を切ると同時に、私は宿直室を飛び出し駆け出した。
暫くすると、正面玄関は、ストレッチャーで救急搬送されてきた中程度から重傷者、
学校のスタッフに運ばれてきた軽度の怪我人、
怪我らしいものは見当たらないがパニック状態になっている生徒達等が詰めかけてきて、
それぞれに医師によるトリアージが行われ始めた。
救急車のサイレンが途切れる事無く聞こえてくる中、
私は形成外科が専門ではあるが、外科の方もある程度は診る事が出来るので、
その場で直ぐに対処できる怪我人から順に診ていった。
救急救命の為の処置室は、既に手一杯の状態らしく、
看護師達が応急処置の為の医薬品や道具を乗せたカートをあちこちへと運んでいる。
まるで戦場のような有様だった。
私に割り振られた患者の処置をしていたその時、
新たな患者が運ばれて来たのを見て、私は言葉を失った。
ストレッチャーの上に横たえられたその小柄な体は、坊っちゃんだったのだ。
頭部を負傷し、厚いガーゼに血を滲ませている。
「坊っちゃん!」
駆け寄って声を掛けたが反応は無い。
救急救命士から聞き出したところによると、犯人の乱射した弾が右目の際に当たり、
大量に出血している為、バイタルが不安定になっているのだという。
その場での処置では済みそうになく、
彼がそのまま手術室に運ばれていくのを、私は見送るしかなかったのだった。
坊っちゃんの事は気がかりであったが、自分では役不足である事は分かっていたので、
私は私の目の前にいる患者達に集中する以外になかったのである。
一頻りの騒ぎが治まり、パニックの落ち着いた怪我の無い患者は帰宅させ、
軽症者も自宅観察で済む者達を帰した。
手当てが済んだものの収容しきれない中程度の患者は、徐々に近隣の病院へと搬送され、
静けさを取り戻したのは、翌日の明け方の事だった。
私も他の医師達と同様に疲労困憊していたが、坊っちゃんの所へと急いだ。
手術後の麻酔からまだ覚醒しきっていないのは分かっていたが、
とにかく、彼の顔を見ずにはいられない気持ちだったのだ。
目いっぱいに簡易ベッドが置かれた病室の一部屋、
その中の一つに坊っちゃんが横たわっていた。
担当医師によると、眦近くを銃弾に抉られた傷は、深くはあったが、
そう目立つような傷跡を残さずに済むだろうとの事であった。
傷の治り具合を見て、もしも気になるようなら私が治せばいい。
あの滑らかな肌に少しの傷跡も残しはしない。
そんな事を思いながら、ベッドの脇の椅子に腰かけ、
生きて、私の目の前に居てくれる事に安堵して、
麻酔で眠っている坊っちゃんの、点滴の管が幾筋も繋がれた手を両手に包んだ。
怪我よりも重篤な症状が起こっているとは、
この時、誰が予想していただろうか。
翌日、目を覚ました坊っちゃんは、時に辛そうに眉根をよせ、
痛み止めの点滴も充分には効いていないようだったけれど、
その他に変わった様子はない様に見えていた。
傷の痛みに耐える坊っちゃんを励ますつもりで私は言った。
「坊っちゃん、早く治して帰って来て下さいね。
貴方がいらっしゃらない家は広く感じてしまいますから」
それを聞いた坊っちゃんは意味が分からないという顔をした。
「アン叔母様の家が?・・・どうしてお前がそんな事を?」
坊っちゃんの答えに違和感を覚えた。
やっと私達の事を院長に認めてもらうところまできて、
今では私の家に住んでいるのに等しいといえる様になっている。
だから、坊っちゃんにとっての帰る場所は私の家を指す筈なのに、
この答え方だと院長の家に帰るのが当たり前だと思っているようだ。
嫌な予感が私の脳裏をかすめる。
「坊っちゃん・・・。」
訊ねるのに躊躇してしまうが、確認しておかなければならない。
「これは医師としての質問ですが、坊っちゃんは何処に住んでいらっしゃいますか?」
坊っちゃんの表情は、如何にも質問の意図を不審に思っているものだった。
「アンジェリーナ叔母様の家だ。」
その答えに私は愕然とした。
坊っちゃんの記憶は混乱している可能性がある。
直ぐに担当医と院長に連絡をして、検査を依頼した。
検査の結果は保護者である院長しか聞く事が出来ない。
院長が私に結果の報告をしてくれると分かっていても、
私の胸は、ちりちりと焼けるように痛んだ。
こんなところで私と坊っちゃんの関係が、
公式にはまだ何ものでもないと思い知らされるとは予想の範疇外だった。
共に住んでいても、坊っちゃんにとって、私はまだ家族ではないのである。
医師からの病状説明を受ける資格を持っていないのだ。
その後、アンジェリーナ院長から訊いた担当医の話によると、
自分が同級生の女子生徒を庇う為に怪我を負ったのを覚えていない状態であり、
坊っちゃんには、学校で起きた事件の記憶が一部無いのだという。
脳には異常が無く、事件に巻き込まれた事による一時的なものだと診断されたのだが、
どういった事をどの程度忘れてしまっているのかは不明で、
何時、その記憶が戻るのかは分からないとの話だった。
他にも細かな所で記憶が曖昧になっていたり、
飛んでしまっていたりする可能性があると思われるという。
私と院長は、坊っちゃんの記憶を面会の度に会話の中から手探りで探っていった。
そして分かったのは、学校生活と私生活の幾つかについて、
やはり記憶が抜け落ちているという事だった。
例えば、銃を乱射する犯人から生徒達を守ろうとして被弾し亡くなった担任の名前を、
坊ちゃんは、はっきりとは思い出せなかった。
仕事の件でも、学校の友人の発言から着想したと言っていた新しい商品の企画について、
まるで覚えていなかった。
作品名:Again 1 ( Heartbeat 2続編) 作家名:たままはなま