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白い薔薇と少年少女

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少女ばかりが通うその学園に、薔薇さま、と呼ばれる美しい娘がいた。
その学園で薔薇の名を冠せられたのは、決して彼女だけではない。それはいつからか学園にできたしきたりだった。その年の最上級生で、生徒たちからもっとも慕われ、憧れられた一人が、いつしか「薔薇のお方」と、あるいは単に薔薇さまと呼ばれるようになる。誰と決めるための規則があるわけではない。ある年には生徒会長が、またある年には弓道部の主将がそう呼ばれた。けれど、いつでも変わらないのは、その名に学園の少女たちの心からの憧れと、親愛とが込められていることだった。
その年の「薔薇さま」は―マイという少女は―生徒会役員の中の一人で、さらさらの長い髪とぱっちりした瞳を持った娘だった。彼女の白い肌や整った顔立ちの美しさを、学園の誰もが褒めそやし、憧れた。
けれど、その名を得たと初めて知ったとき、マイは少なからず驚いたのだった―自分がその器だと考えたことなどなかったから。美しい少女ならば、生徒会にも、そのほかにもたくさんいる。それに、彼女が知っているこれまでの薔薇さまは、その名の通り、情熱に溢れた方々だった。ただ美しいというだけでなく、どこか人をひきつけてやまない引力のようなものを持っていた。
マイは、どちらかといえば、おとなしく楚々とした佇まいの娘だ。自分が前に出るという考えを持ったことは、彼女にとって、そう多くはなかった。
それでも彼女は、わずかな驚きのあとに、薔薇の名をすんなりと受け入れた。それが学園に必要なものだと、身に染みて分かっていたから。学園の少女たちはいつでも、狂おしいほどに憧れ、恋い慕う誰かなしではいられなかった。マイ自身もまたそうだったのだ。友人たちとかつての薔薇さまを遠巻きに見つめ、胸を高鳴らせながらご機嫌ようの挨拶をした。ついぞ渡すことはなかったが、寝床の中で長い手紙をしたためたこともある。
いつの年も女の子たちは、夢と希望になってくれる誰かを、もとめている。
いまは、わたし。
マイはその年の美しい薔薇さまとなった。下級生たちの声援に笑顔で答え、けれど、おごりたかぶった態度は一切見せずに、いつでもしとやかな落ち着きを漂わせていた。その慎ましい様子に学園の少女たちはいよいよもって感嘆し、もし例えるならば彼女は清楚な白薔薇だと、口々に言い合ったのだった。

学園は単調な時間割の繰り返しばかりで、退屈だ。夢がなければやっていられない。
少女たちの間の不思議な遊びは、もうひとつあった。これはその学園だけのものではない。あちらこちらの女学校で、女の子が男の子のように振舞うことが流行っていた。「僕」や「俺」という自称、それに「何々したまえ」のような男言葉を使い、中には髪を短く切って、兄のお下がりの学生服や学生帽を着込む少女もいた。例に漏れず、マイの通う学園にも男の子のような女の子が次々に現れた。生活指導の教師は渋い顔をしたけれど、結局のところ、成績さえ悪くなければ大したお咎めはないのが常だった。
少年のような少女たちもまた、周囲からの憧れを受ける。中でもとりわけ人気を集めたのは、マイと同じく生徒会役員を務めるナナミだ。ナナミは栗色の髪に長い睫毛という、西洋人形のような面立ちをしているわりに、短い髪と学生服姿が不思議と映えるのだった。映画のスターのような、ちょっと気障な振舞いが板についていて、そこがまた女生徒たちを熱狂させた。
「白い薔薇のお方、本日もご機嫌うるわしゅう!」
ナナミはよくそう言っては大仰に身を屈め、マイに一輪の白薔薇を差し出してきた。マイは苦笑しながら、薔薇を細い指でつまんで受け取った。
「放課後、ご一緒にカフェでもいかがかな」
「残念ですけれど、わたくし今日はお茶のお稽古がありますの」
マイは微笑みながら涼しい声でそう答えて、するりと踵を返す。背後からやれやれ、と大きな溜息が聞こえてきた。
 ―薔薇の君、あなたは真面目すぎるよ! もっと遊びを覚えなさい!
マイの隣についてきた生徒会長のレイカが、凛とした瞳をやわらかく細めて、囁いた。
「あなたほんとうに、もう少し羽目をお外しになったっていいと思うわよ」
「あらあら、会長さまがそんなこと」
「薔薇さまにだって、息抜きは必要ですもの」
マイは目をぱちぱちとさせた。さっきのような芝居めいたやりとりが、下級生たちの胸をときめかすことは、よく分かっている。ナナミの方だって同じだろう。そうして少女たちの紅潮した頬や笑顔を眺めることは、マイにとって、それだけで十分すぎるほどに喜ばしい、楽しいことだった。それ自体、お遊びみたいなものだろう。けれどその上、息抜き?
「わたし、そんなに肩肘張っているつもりはなくてよ」
答えるとレイカは、そう? と穏やかな声で言って、マイの肩をぽんと叩いた。

男のなりをしている生徒は、ほかにも学園に何人かいた。そのうちの一人―リナは、少しばかり変わっていた。黒い髪を短く切り、黒い学生帽に学生服を着込んではいるものの、それを誇示するように廊下を闊歩するでもなければ、他の少女たちあるいは「少年」たちとつるんで遊ぶでもない。ただ、いつも授業をサボタージュしては、裏庭の木陰で一人、何やら古びた文庫本を眺めるようなことばかりしていた。その寡黙な一匹狼の如き様子に、密かなファンもいるとかいないとか。
マイには、その様子が不可思議でならなかった。彼女とリナとは、実は幼馴染みだったのだ。リナは北国の生まれで、言葉に訛りがあった。何か喋るにつけ、周りから笑われて、次第に無口で、引っ込み思案な子どもになっていった。そんなリナをいつも庇って、他の子どもたちを叱りつけたのが、他ならぬマイだった。
「あなたたち、この子のどこがそんなにおかしいっていうの。にやにやしていないで、はっきり言ってごらんなさいっ」
マイがきっぱりと言うと他の子どもたちはひるんで、ばつが悪そうに去っていった。リナはマイの後ろに身を隠し、彼女の袖を掴んで、目に涙を滲ませながらじっと黙っていた。
小さくておとなしい、かわいらしい妹のような子―マイにとってリナはそんな存在だった。それなのに、いつのまにやらおかっぱの髪をばっさり切って、肩で風切る不良みたいななりをするようになってしまった。おまけに授業をすっぽかしたり、難しげな文学にかぶれたり。たまに声を掛けても、目をそらして何か二言三言喋っては、帽子を目深に被って去っていってしまう。昔と変わらないのは、無口なところぐらいだろうか。
あんな風に粋がっているような子だったかしら、と、マイはときおり考えては、首を傾げるのだった。

ある日の下校途中、マイは鋭い悲鳴を耳にした。
―薔薇さま!
とっさに顔を上げてそちらを見る。道路を挟んだ斜向かいに、見覚えのある下級生の少女二人の姿が目に入った。それから、彼女らににじり寄る三人の男子学生。近くの男子校の制服を着ていた。みな大柄で、強面の顔をにやりと歪ませている。下級生たちの泣き出しそうな瞳が、ちらちらとマイの方を向いた。
マイは急いでそちらへ駆けていき、男子学生と下級生たちの間にさっと割って入った。
「わたくしは生徒会のものです! 我が校の生徒にご用事ならば、わたくしが伺います!」
作品名:白い薔薇と少年少女 作家名:中町