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五穀米使用有機カレー 2

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五穀米使用有機野菜カレー 2(3Z銀桂/桂)

 

 

 銀八の車に乗るのはこれで二度目だ。桂は最初の時と同じように身を硬くして、黙ってハンドルを握る銀八の横顔を時々窺いながら、桂の家までの道のりを淀みなく辿っていく車の揺れに身を任せている。送ってく、と頭上から叫ばれた時は正直、してやったりとばかりに拳を握りしめて、案外早かったなとまで思ったのに、いざこうして車に乗せられてみると、相変わらず心臓がばくばく言うばかりで口がきけない。自分が大胆なのか臆病者なのかよくわからなくなってくる、のは、こんな相手を好きになって以来、何度も繰り返されている事態なのだが。


 あの時の告白はなにしろやぶれかぶれだった。
 細かいところはあまりよく覚えていない。生まれて初めてのアルコールは思ったよりも口に合っていて、というより緊張しすぎていたせいで味も何もわからなかっただけかもしれないが、銀八の友達がやっているという小さな居酒屋のカウンター席は、入れ替わり立ち替わり訪れる銀八の知り合いたちのせいで賑やかで、桂は落ち着く暇がないままいつの間にか、グラスを空にしていた。入院してたんだってお前、大丈夫かよなどと言いながら近寄ってきた、何人目かの顔見知りらしい男と銀八が話し込んでいるのをグラスを置いて手持ち無沙汰に眺めているうちに、目の前がぐるぐると回り始めた。先生、なんか、変です。そう言いたかったけれどここで先生って呼ぶなよ、と最初から釘を刺されていたから声をかけることもできない。仕方がないのでなんとか手を伸ばして銀八の水色のシャツの裾を引くと、振り向いたその顔も二重三重にぶれていた。
「おまっ…大丈夫か」
 銀八が、そう焦った声で言った時には既に、桂の体は傾ぎ、その腕の中に抱きとめられていた。それが何とも言えずあたたかくて、思わず桂はぎゅっと目を閉じた。そうすると続いていた目眩がかろうじて止んで、ほっとした。
 そこから先はところどころ記憶が飛んでいる。気づけば桂は、銀八に体を支えられて夜の駐車場にいた。この教師は酒を飲むというのに車でこの店にやって来ていたのだった。とはいえ病み上がりだし、知り合いと話すのに忙しくてそれほどの量は飲んでいないようだったが。そうだ、だから代わりに俺が飲まされて、と、何故か攻撃的な気持ちになってくる。やっと車にたどり着いた銀八が桂を支えていないほうの手でポケットのキーを取り出す。一丁前にキーレスエントリーらしい、がこん、という聞き覚えのある音が酩酊している(らしい)桂の耳にも届いた。
 助手席のドアが開けられ、銀八がその中に桂を押し込もうとする。無造作な手つきに、咄嗟に嫌だ離れたくないなどと、自分の内に激情が突き上げた。ふいに。
「やです、乗らない」
 その勢いのまま、必死でその首にかじりつく。銀八は困ったように溜め息をつくと、桂の肩を掴んで、体を引き離した。
「…ヅラぁ。我が儘言うんじゃないの」
「いやだ、帰りたくない」
「何言ってんだ、お前」
 すぐ目の前にある銀八の眼鏡が少しずりおちている。駐車場に立てられた水銀灯の明かりがその銀縁を照らし、きらりと光る。ぐにゃぐにゃと歪む視界の中で、そこだけに焦点が定まる。というかその時は全般的に、何かひとつずつの強烈な印象が桂の記憶に点々としるしを残していくような感じだった。ある時は音、ある時は光。匂い、体温。
「いやだ」
 もう一度しがみつくと、今度は拒まれなかった。銀八は桂より少しだけ背が高い。桂はその肩に顎を乗せ、大きく息を吐く。背中に回した自分の腕が震えているのがわかった。それを宥めるように、同じように桂の背に回された銀八の手が、ゆっくりと髪を撫でる。
「…酒、飲んだの初めてか、まさか」
 髪を撫で下ろしていく指先の滑らかな動きに、こっくりと頷く。
「お前、そういうことは最初に言えよ…」
 知ってたら飲ませなかったのに、と、呻くように。銀八の首筋からはタバコの匂いがする。それを嗅ぐでもなく鼻先で息をしているうち、どうしようもない気持ちになってきて、桂は言った。
「先生が好きです」
 言った途端、頭が割れるように痛み出す。銀八の手の動きが一瞬だけ、止まって、またすぐにおざなりに動き始める。
「…よしよし」
 銀八が棒読みのような気のない声音で呟いた。もう一度。よしよし、桂、落ち着け。
 いつもの銀八の、どこか気怠げな口調だった。絶望的な気持ちになる。流された。いやだ、そんな簡単なものじゃない。目頭が熱くなって、次に絞り出した声はまるで泣き声だった。
「信じてくれないんですか」
「…お前ねえ」
 そういう、後のないこと言うんじゃないよ。若いからって。
 銀八はそう続け、髪を撫でていた手を頬に滑らせる。じっと顔を覗き込まれる気配に、桂はたまらず目を伏せる。


 その後すぐあたたかいものが唇に触れて、ああキスされたんだと思う間もなく、開きっぱなしになっていたドアの中に再び体を押し込まれた。ばたんときつめにドアを閉められ、桂はシートに背を預けて、ぐったりと目を閉じた。今さっき自分が言ってしまったことと、銀八につい先ほどされたことが、交互に頭を巡り、どっと酷い疲れに見舞われた。


 言葉少なに、銀八に問われるままにそこから家までの道を教え、車に揺られている間に、驚くほど急速に酔いがさめていった。銀八も黙り込む桂に何を思っているのか、話しかけてくることはなかった。桂はジャケットのポケットに手を入れ、その中に入っている小さな鍵を握りしめた。決めた。返そうと思って持ってきたものだったけど、返してやらない。自分をあしらいきれなかった銀八が悪い、きっとゲイでもなんでもないくせに、自分みたいな子供(というだけでなく、生徒)の必死の告白を拒まず、それどころかキスなんかをしてきた悪い大人。いい加減な大人。教師のくせに。
 細く窓を開け、銀八はタバコを吸い始めた。外へと逃げ切れない煙が車内に充満し、桂の目に滲みた。


 悪い大人は、その悪さゆえに、人生経験のまだそれほど豊富でない子供を惹き付ける。そのカラクリに、子供は気付くことなく、自らが掘った穴に自分がまず先にはまっていることを知らず、そこに悪い大人が落ちるのをただ待ち受ける。


「…あのカレー」
 信号待ちをしている時、ぼそりと銀八が言った。桂はびくりと身構える。
「いつ、作ったの」
「昨日の夜、寝る前に。そこから、煮込んで」
「…ふーん」
「美味しくなかったですか」
 思い切って聞いてみた。味見はしている、だから普通の舌の持ち主なら、あのカレーをどう思うかくらい、わかっている。何を作っても、銀八はただ黙々とそれをたいらげるばかりで、何も言わない。だから一度、ちゃんと聞いてみたいと思っていた。
 女みたいだ、我ながら。
 もともとが神経質で、細かいことによく気のつくたちだ。そのせいか小さい頃から、弟や妹の面倒を見てやることが多かった。兄ちゃん兄ちゃんとまとわりついてくる弟妹たちの世話を焼いていると、いつも母親が嬉しそうに、ありがとう、小太郎はいいお兄ちゃんね、と笑ってくれるので、そんなことも相まって、いつの間にか家中の家事を引き受けるようになってしまった。素質があったのだと思う。