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土曜のお昼の親子丼

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土曜のお昼の親子丼 (3Z銀桂/銀八)

 

 

 ピンポーン、とインターフォンを鳴らされて、夢うつつの寝床の中で、ああそうか今日は土曜日かと気付いた。銀八は布団から起き出たままの格好で、枕元に置いていた眼鏡だけをひっつかんでかけながら、玄関へと歩いて行く。グレーのスウェットの上下はもう何年着ているのかわからないけれどよれよれで、それを見るたび桂に顔を顰められる、代物なのだが、寝起きのぼうっとしたままの頭ではそんなことは忘れている。がちゃり、とドアを開けるとそこには思った通りの顔があった。
「おはようございます」
「…おー」
 がしがしと頭をかきながらそう、唸る。桂は案の定、嫌な顔をした。
「やっぱり寝てたんですね、もうお昼ですよ」
 「やっぱり」を強調しつつ、可愛くないことを言う銀八の教え子は、今日もきちんとした格好をしている。グレーのタートルニットの上に重ねた細畝のコーデュロイシャツの白さが目に眩しい。下は細身の黒のパンツ、紺色のシンプルなコートはきちんと脱いで、右腕にかけている。人様のおうちを訪れる時には呼び鈴を押す前にちゃんとコートを脱ぐのよ、そんなことを桂に教えている母親の顔つきまでもが目に浮かぶようだ。根っからアバウトでいい加減な性質の銀八からすれば信じられないほど、桂はあらゆる面でその若さに相応しくないほどきっちりとしている。左手には今日も大きな紙袋、それを見るだけでぐううと音を立てる自分の腹が情けない。
 スニーカー(これはいつも学校でも履いているコンバースの黒)を脱いで、桂はぼさっと突っ立ったままの銀八の横をすり抜けるようにして中に入って行く。自然とその後を追う形になった。きれいな黒髪が肩のあたりで揺れている。
 自覚してるよりもずっと俺、こいつのこと気に入ってんのかな、そう思うのはこんな時だ。あまり気付きたくない事実ではあるけど。私服を着ている桂は制服の時よりずっと、可愛いと思ったりするのだから終わっている。奴らしさが滲み出ているというか、清楚さが増すというか。
 ちょっと待て俺、清楚さって何、そんなのが好きだったのか。一人心の中で問答を繰り返していると阿呆らしくなってくる。欠伸をかみ殺した銀八に、ふいに振り向いた桂が言った。
「昼ご飯作る間に、顔ぐらい洗ってきてください」
 ……だからおまえは、おれの、おかあさんか。
 一瞬激しく脱力したが、土日の度にやって来る桂に、子供のように世話を焼かれているのだから今更何を言っても無駄なのだ、とすぐ諦めがついてしまう自分は、やっぱり大人だなあとついシミジミしてしまうが、桂のような生真面目な若者にはそんな理屈は通用しないだろう。結局すごすごと、銀八はだらしない格好のままユニットバスへと入って行く羽目になった。
 
 
 「つきあいましょう」「そうしましょう」だとかいうやりとりがあったわけでもないし、桂は確かにはっきりと銀八に好きだと告げてきたけれど、自分はそれに対して明快な答えを与えたわけでもないし、学校では教師と生徒なわけだし、と銀八が煮え切らないままうだうだしているうちに、事態は収束のつかない方向へどんどん進んでいくのだった。さすがに合鍵は取り上げて、来る時はちゃんと事前に連絡を入れること、と言って携帯の番号とメールアドレスを教えたら、桂は律儀に金曜の夜になるとメールを入れてくるようになった。が、「明日、行ってもいいですか」が、「明日、行きます」になって、今じゃ「明日何が食べたいですか」になっているのだからこれはやっぱり自分に問題があると考えなければならないんだろう。拒むことも、きちんと形にしてやることもできない自分に。
 ざぶざぶと洗面台に屈んで顔を洗いながら、銀八は、何をそんなに戸惑ってるんだろうなぁと情けない気持ちになってくる。桂のことはかわいいと思っているし(たまに、というかいつもすげえ口うるさいけど)、多分、好きなんだろうとも思うし(現在進行形で自分の教え子だけど)、まあ、女にそう思うみたいに触ってみたいとか(男だけど)、そういう即物的なことだって思ってみたりもする。
 そうか「けど」が多すぎるんだな、要するに。
 もっと若い頃ならまだしも、こんな年になってみると、障害の多い恋だから燃えるの、なんてことはあんまりないし、どちらかというともともと銀八は恋愛に関しては淡白な方だった。特定の相手を作らず、テキトーに色々、おいしいところだけをつまみ食いするのにすっかり慣れてしまって、ここ何年かはまともな恋愛をした記憶がない。
 まあそれにも色々銀八なりの理由があるのだが、それはとりあえず置いておいて。
 顔を洗い終えた銀八が部屋に戻ると(台所と続きの間になっている)、桂が色々と、器やら箸やらを座卓へと運んでいるところだった。今日は親子丼だとそういえば言ってたな、メールで。どんぶりの用意までしてきたらしい、見覚えのない紺色の器に食欲をそそる黄色が盛られている。
 ……いつまでも、こんなことばっかりしてもらうのもな。
 くるくるとよく動く桂を後目に、銀八はととのえられつつある食卓の前に座り込み、少し思案気味に俯いて、顎の辺りを指先で撫でた。


 桂のすごい所は、こんなに銀八にうつつを抜かしていても、まったくそれが成績に影響しないところだ。この間も2年の最初からずっと希望していた大学に指定校推薦を決めたばかりで、1年の頃から毎回の定期試験を頑張っていた賜物だといえばそれまでなのだが、銀八はひそかに舌を巻いていた。内申はまあ、自分なんかが心付けをしなくたって完璧だし、何かそこに私情をいれることは当然のことながら一切なかったのだが。
 そしてこれでひとつ、肩の荷が下りたといえばいえる。万が一自分たちのこんな関係(にもまだ至っていないけど)を学校側に知られたりして、そのせいで桂の推薦が無しになったりしたら、もう目も当てられない。
 そういえばそのお祝いも、してやるとか言っていたのにそのままになっている。ちょうどいい機会だと、銀八は箸を止めて、尋ねた。
「そういえばお前、合格の祝いって何がいいの」
「祝い?」
 麩と葱の味噌汁(白味噌でまろやかな味がする)を啜っていた桂が器を置いて、こちらを見る。いつもは切れ長の、涼しげな目もとが今は少し見開かれて、丸くなっている。
「大学合格の」
「…ああ、そんな、いいですよ別に。俺にそんなことしたら、先生、皆にしてあげなきゃいけなくなるし」
 まっとうなことを言う。いつもならここであ、そう、と引き下がるのだが、今日はそれではいけない気が銀八はしている。ぼそぼそと呟いた。
「…そんなこと言ったら、俺にこんなことしてくれんの、お前だけだし」
「それは、俺がしたくてしてることだから」
 淡々と返されて、やっぱりあ、そう、と引き下がりそうになってしまう。
『俺も、お前にお祝いしてやりたいんだけど』
 歯の浮くような台詞が喉元まで出かけ、口を噤む。ああだめだ、やっぱり俺、こういうの苦手だ。ちゃんと言わないと通じない相手なんて面倒だよなホント。仕方なく、再び親子丼をかきこみ始める。しばらく桂も黙っていたが、やがて、少し緊張した面持ちで言った。
「…じゃあ、あの」
「ん?」
作品名:土曜のお昼の親子丼 作家名:宿木葵