瀬戸内小話1
花のような
※死にネタ
――白砂青松。
瀬戸海の海岸は、穏やかな波が打ち寄せては引き、白い砂がさらりとその度攫われる。
海を渡る風は、人の住処に潮がそのまま届かぬようにと松たちが受け止める。
青い海と青い空と、広がる緑と。なんと美しい。
まるでここだけ、この世から切り取られたような空間だと。そう思ってふと笑う。
確かにここは、異界かもしれない。
ただ潮の音だけが満ちて、それ以外に何もない。
海を見れば、海を往く船。いや、色とりどりの旗を掲げた船が、ひしめき合っては消えてゆく。
振り返れば、砂浜に幾人もの兵が転がる。
ああ、そういえば。
「――我は、戦をしておったのだったな」
思い出したように、呟く。
砂浜に突き立てた輪刀は血に染まり、立ち止まる元就の周りを赤く染めていく。
小さく頭を振ると、一歩、また一歩。静かな砂浜を歩いてゆく。
赤い足跡だけが、一歩、また一歩。元就を追いかける。
「元就、もういいだろ?」
囁くように、背後からかけられる声。
唐突であったのに、なぜかひどく違和感がない。輪刀を振りかざす気にもならない。
だから、また一歩。
「もう、いいだろ?」
哀願するような、憐れむような、まるで広い海のような声が繰り返す。
「……我は」
どこへと行くのだろう。ただ、歩むことを止めてはならないと、そう思うだけで。
なのに立ち止まる。
足を止め、また海を見る。
「元親」
「なんだ?」
隣にある気配は、馴染み深く。目を閉じれば、それは深く身体を包む。
「……元就」
目を開ければ、今にも泣き出しそうな鬼の顔。
泣くな、と言ってやりたのか、それとも。
「首を、取りに来たのか?」
「―――ああ」
潮の香りを打ち消す血臭が、辺りに満ちる。いや、ずっと満ちていたのに、目を閉じていたのは我。
握りしめていた刀が、とさりと砂浜に落ちる。
「もう、楽にしてやるからな」
白い浜に咲く、赤い花のようだと。
兜もなく、欠けた鎧に身を包み、返り血とそれ以上に自らの血で赤く染まる人を見て、泣きたくなった。
彼は振り返らない。ただ、前を見て、帰る城などもうないのに、歩いていく。
帰る場所を奪ったのは己。
そして命を奪うのも、己。
「……どうして、こうなっちまったんだろうな」
いとしい人。