瀬戸内小話1
夢
幼い頃に見た夢がなんだったかと問われても、もう思い出せぬというのに。
松寿丸であったころの夢を見た。
父と共に、吉田郡山城を出たころであろうか。
あのころは、兄を支え、毛利の柱の一つとなることを疑いもしていなかった。
無邪気な、しかし残酷な己の夢。
闇に包まれた褥で不意に己が過去を振り返るのは、いよいよ死期が近いということらしい。
吐いた溜息は、嫌に響いた。
大国へと育った毛利。それを真ん中で支える己。本来己が居る場所には息子達が居て、毛利を支える二つの川となった。
人生とはかくも愉快で、掴みたかったものは掴めなくて、過分なものばかり掴めという。
「……我は、」
絡まる痰に咳きを一つ。
身体を起こすと、上掛けを羽織る。
「我は、それでも満足している」
喩え家臣たちから恐れられ、孤独と共に歩んでいても。
この毛利がこの地に繁栄し、息子らが笑っていれば、それで満足なのだと。
「……満足か?」
不意に、横から声が掛かる。
「お前は、己の生き方に満足か?」
歳を感じさせぬ俊敏さで、閨から男は起き上がる。
「無論だ」
伸ばされた腕に抱かれ、歳を追うごとに心配症となってゆく鬼に笑う。
「我は毛利の棟梁として、多くの者の人生を捻じ曲げてきた。その我が、満足してないと思うのか?」
捻じ曲げられた男に対する、意地悪な問い。
「……お前が後悔してなきゃ、それでいいさ」
「貴様も、愚か者だな」
くすりと笑い、咳きを落とす。
それに、酷く慌てた男が無理矢理、人の身体を転がす。
「もう少し寝てくれ、元就。来光まで、まだ時はある」
大きな掌が、頬を撫でる。
もう眠くなどないが、男に心配をかけるのも癪なので、素直に目を閉じる。
衣擦れの音がして、温もりが己の身体を包み込む。
幼きころの夢は決してかなわなかったけれど。
今、こうしてこの温もりを得られたことだけで、決して悪くなどない人生だったと……そう、思えるのだから。
満足していると十分に言えるのではないか?
寝息を立てる男の顔を盗み見て、少し、笑った。