瀬戸内小話1
夢の続き
今だ寒々とした空気が暁闇を包む。
襖を開け縁側へ出れば、足先がつんと痛んだ。
それを無視して軒まで降りると、ようやく最初の光が空を染める。
自然と手を合わせるのは、もう習い。
「南無阿弥陀仏」
念仏を唱え、来光を戴く。
もう、どれだけ繰り返したか分からないほど当たり前の日常。
瞼を閉じていても、日輪の眩く温かな光が身体を包むのが分かる。
毛利が中国の雄となってはや幾年月。
天下を争った武将の半数は地に還り、半数は武帝に従った。毛利もまた今は豊臣に平伏し、この地を治めている。
――天下など、望まない。望むなかれ。
この家を継いだ時から変わらぬ思い。しかし今は少しだけ、心がしくりと痛む。
四国に、もうあの鬼はいない。
最後まで膝を折るのを良しとしなかった長曾我部家は滅び、今は豊臣譜代の家臣がかの地を治めている。
足元から上がる冷えに身を震わせ、肩に掛けるだけであった羽織に袖を通す。
思えば、あの頃の自分は若かった。
覇を争った武将らと、幾度剣を交えただろうか。謀略と戦と裏切りとに、幾度眠れぬ夜を過ごしただろうか。
今のような穏やかな気持で日輪を拝するなど、望めなかった毎日。
ただ。
そう、もうあの頃ほど熱い日々を送ることが出来ない。
好敵手であった竹中は陣中で病に倒れ、明主の織田は滅びた。
ただ、毛利は少しばかり領地を減らしながらも、まだここに在り続けている。それは自身が望み、心血を注いだ全てで。
後悔は無い。満足もしている。だが、しくりと痛む胸は、死ぬまで癒えることはないだろう。
板目が軋み、足音が近づいてくる。
小さく頭を振ると、縁側へ座る。その横で、足音が止まった。
「風邪をひいてるときくらい、大人しく休め」
「……馬鹿を言うな。日輪の加護を得れば、病などたちまち吹き飛ぶわ」
応せば、仕方ないといった風に笑われ、大きな掌が差し出される。
「でもよ、もう日課は終わったんだろう? 今日くらいは休んでくれ」
穏やかな笑みが、その顔に浮かんでいる。それは迷いも後悔も無いものに見え、またしくりと胸が痛む。
「後で好きな餅を食わせてやるから」
「我は童か」
宥めるような物言いに、些か乱暴に手を取り縁側へ上がる。
まるで痛む胸を慰めるように、掌はとても温かかった。