瀬戸内小話2
陽だまり
※千代寿丸は隆元の幼名。
いまにも零れ落ちそうな鳶色の瞳は、蒼穹を映す。
紅葉のような掌が、それを掴もうと空を泳ぐ。
「千代寿丸」
部屋より声をかければ、幼子がはい、と返事をして振り返る。
毛利の長子として生まれた子は、少しばかりおとなしく、だが素直に育っている。
忙しく滅多に会わぬ我が子は、会う度に大きくなっている。その成長の早さに目を細める。
「父と少し話そう」
「……よいのですか?」
手招けば、嬉しそうな笑顔を浮かべ、だがはたと口篭もる。
「何故そのように聞く」
「父上はお忙しいので、邪魔をしてはならぬと言われております」
よほど強く言われているのだろう。軒にて縮こまっている。
実際、機嫌が悪い時に子供に近寄られれば不愉快で、近習を酷く叱り付けたこともある。それが巡って、子にいったか。
ひとつ、静かに溜息を吐くと首を振る。
「よい。我がそなたと喋りたいのだ。来るが良い」
もう一度手招けば、またはい、と澄んだ声で返事をして、幼子は部屋へと入ってくる。
ふわりと香る、温かな匂い。
「――嗚呼、千代寿丸は日輪の匂いがするな」
口をつく素直な思いに、日の光を映した笑顔が眩しい。
それは、掌にあった呼び鈴の音色と重なった。