瀬戸内小話2
愛しい
「なぁ、キスしてくれよ」
両腕を吊るされた男が強請る。
戦の決着は、この男が捕らえられたことであっけなくついた。
だが、無駄に棟梁を救おうとした長曾我部軍の一部が、毛利の本陣めがけ突撃してきた。
起死回生をかけた一撃。しかし、それはほとんど元就の仕掛けた罠に掛かり命を落とした。
鮮血に染まった社。その柱に吊るされた男の片目には、一体何が映っているのだろうか。
「……なぁ、毛利。どうせ俺の首を刎ねるんだろ? だったら最後の望みぐらいかなえてくれよ」
男が、また強請る。
「配下の者の命乞いはせぬのか?」
冷やかして笑えば、血に汚れた口の端を少し持ち上げ男は首を振る。
「そいつは、日輪様が決めることだろ?」
「フン、よく言うわ」
人の生き死には天が定めるものだという、皮肉か。それとも単に元就の信仰心を煽って、遠回しに殺生するなと言いたいのか。
なんとでも取れる男の言葉だ。
しかし、長年あれこれと付き合いのあった男らしい言葉でもある。
ひとつ頷くと、鎧から腕を抜く。
「……あやつらが、天に運を任せる気があれば、生き残ろうぞ。愚かな者どもはこの厳島で散っていったが」
「俺が最後の愚か者か?」
「そうなるだろうな」
両手を伸ばし、男の頬を包む。幾度となく触れた唇から、血の味が滲む。
されるがままの男。焦れると唇を食めば、遠くで重い鎖の音がする。
最初から最後まで、この男のくちづけは苦い。
気が遠くなるほど、だがほんの僅かな時間の後。
「愛していたぞ、愛しい鬼」
囁けば、男の唇が音を紡いだ。