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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆11

 側仕えに、内容を確認した書類を渡すとジュリアスは、ほぅ……と小さくため息をついて、執務室の窓の向こうへ目をやった。
 そう、聖地は常春。今日も空が青い−−あの海の上の、空とはまた異なる青さだけれど。



 ジュリアスが海のホテルへ戻ったのは、その日の夜中だった。
 ゼフェルはごろりと部屋のソファに寝転がっていて、リュミエールはあてがわれていたエキストラ・ベッドに横になっていたが、物音に気づいて二人ともすぐに起き上がり、ジュリアスを迎えてくれた。
 「いっそ、泊まってきてやったら良かったのに」
 ゼフェルがぽつりと言う。
 「喪主は何かと忙しいのでな」ジュリアスはそう言いながら、カタルヘナ家へ行くとき着ていた麻のジャケットを脱いでソファへばさりと置いた。「私がいると気を遣わせ、邪魔になる」
 ジュリアスの、その言葉に二人ともが何か言いたげな表情をしたけれど、互いに顔を見合わせただけで、結局何も言わなかった。



 翌日、リュミエールとゼフェルは早々に海へ行き、ジュリアスはそれを、海辺のテントから眺めていた。
 ゼフェルはもっぱら波打ち際で適当に浸かって、後は他の訪問客たち同様、甲羅干しをしている。一方リュミエールは、すでに昨日、二人を待つ間に小屋まで泳いだと言っていた。そして今日も、どうやらあっという間に泳ぎ着いて来たらしい。息を全く乱すことなく平然とした顔で帰ってくる様子にジュリアスは、ふとロザリアの母のことを思い出して、小さく笑った。
 「小屋のデッキに上がった様子はなかったが?」
 タオルを渡しながらジュリアスが言うと、それを黙礼して受け取りながら、ふっとリュミエールは微笑んだ。
 「それは、ジュリアス様のお楽しみに置いておきました」
 「え?」
 リュミエールはそれには応えず、テントの外ですぅすぅと寝息をたて始めたゼフェルを起こしている。
 「ゼフェル、熱射病になってしまいますよ」
 慌てて起き上がるとゼフェルは、テントの中へ飛び込み、ジュリアスが飲みかけていたアイスコーヒーを一気に喉へ流し込んだ。
 「……ゼフェル」呆れたようにジュリアスが言う。「もう少し、のんびりすればどうだ」
 「あんたからそんなことを言われるたぁ、思わなかったぜ」唇の端についたアイスコーヒーの雫を手の甲で拭いながらゼフェルは、さも可笑しそうに言う。「けどよ、ここに来てる奴ら、いったい何が楽しくて、一日中海辺に寝転がってんだ?」
 そこまで言ってゼフェルは、ふとジュリアスの手元を見る。
 「それより……こんな所で一人、チェスしてる奴の方がどうかしてるよな」
 −−相手のいない、チェスを。
 一瞬、テントの中が静かになった。
 「……ジュリアス様」
 リュミエールが声をかけ、微笑む。
 「下に水着を着ておいで……ですよね?」
 苦笑して頷くジュリアスの側でゼフェルが、腕を組んでニヤリと笑う。
 「せっかく鬼コーチが同行してんだぜ? 特訓、受けないでどーする」
 「鬼とは酷いですね……そう言うゼフェルは泳げるのですか?」
 「げ、失礼なヤツ! オレだってちょっとは」
 「では、ゼフェルも一緒にあの小屋まで」
 「げーーーっ!」



 ぷっ、とジュリアスは、思わず吹き出した。
 ゼフェルは最初のうちこそ調子よく泳いでいたものの、結局、ジュリアスよりも早く諦めて、さっさと海岸へ帰ってしまった。
 ジュリアスにしても、側でリュミエールについてもらって泳いでいたものの、たぶん去年、ロザリアから『強制送還』された辺りよりは幾分進めただろうけれど、習いたての立ち泳ぎをしてリュミエールに向かい、首を横に振った。海岸へ『戻る』体力を温存しておかなければなりませんよ、と言うリュミエールからの言葉を忠実に守ってジュリアスは、まだ少し遠くに見える小屋を前に、海岸へと戻った。
 三人とも健啖な食欲を見せて食事をした後、リュミエールとゼフェルは、自分たちは先に帰ると言った。
 「長居にゃ向かねー」ゼフェルは言った。「オレにゃまだ、こんなトコは退屈だ」
 リュミエールは何も言わなかったが、二人とも、ずいぶん……
 ジュリアスは肩をすくめる。
 気を遣ってくれたものだな、と思う−−もっとも、ゼフェルのそれは、かなり本音だろうけれど。
 この『八月』での海は、これはこれで楽しかった。二人を見送って、久しぶりに一人だけの海の時間を過ごすことも考えたけれど、楽しかったうちに帰る方が良いとジュリアスは考え、二人と共に聖地へ戻ってきた。
 本音を言えば、一人で海にいたくなかった。
 また『相手のいない』チェスをしてしまいそうな気がした。
 そのとき。
 「ジュリアス様、お届け物が」
 はっとしてジュリアスは、言ってきた側仕えに執務室の中へ入るよう告げる。
 目の前に置かれたのは、小さな箱だった。
 「送り主名に『カタルヘナ』とありましたので、お申し付けどおり、すぐお届けに参りました」
 「……ご苦労」
 そう口で言いながらもジュリアスの目は、その箱に書かれた送り主の名に釘付けになっている。
 ロザリアの父の名前。
 逝ってしまった、『チェス仲間』の名前。
 失礼します、と側仕えが部屋を出るなりジュリアスは、その包みを逸る気持ちで解いていく。
 鍵、だ。
 小振りな割に、ごろり、とした感触の、重い金属でできた鍵。
 箱の中には他に、小さな紙片も入っていた。紙片全面に走り書きのような文字があふれている。ただし内容は箇条書きされており、その思いの丈を簡潔にジュリアスに伝えようとする意志が伝わってくる。



・庭の『美しい』花に直に触れ、愛でるお気持ちがあるのであれば、
 いつかこの鍵を持って庭へいらしてください。

・けれど『美しい』花に飽いてしまわれたのであれば……
 どうかこの鍵を娘にお返しください。それで娘は全てを悟るでしょう。

・『美しい』花を、今のように遠くから見守るおつもりであれば、
 どうぞずっとお持ちになっていてください。

・ただ……『美しい』花もいつかはしおれ、やがて枯れ落ちてしまう。
 どうかその前に、愛でてやってくださることを、私は祈っています。


 ぱさ、と紙片を置くとジュリアスは、思わず鍵を手に取り、握り締めた。
 ……とんでもないものを遺してくれた。
 家族の、鍵。
 入り込めそうで、入り込めない微妙な位置のまま、傍で甘んじていた『家族』だけの鍵。
 けれどそれは−−



 握り締めてそれを、ジュリアスは胸にぐっ、と押し当てる。
 あの老人は、『美しい』花−−自分の娘を私に託した……それを手に入れるための鍵まで送りつけてきて。
 『美しい』花に触れ、愛でることの本当の意味を、その手のことに決して敏感とは言えない私ですら理解している。
 それは『家族』の役目ではない。『家族』とはまた、少し異なるものだ。
 私に何を望む?
 私に花を……手折れと?
 私に大切な娘を−−