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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆3

「……まだか」
 部屋のドアを前にジュリアスは、苛立たしげに呟く。
 いまだかつて、この海辺のホテルに来るようになってからこれほど緊張したことはなかった。
 何をしているのだろう。
 先ほどフロントに確認の連絡を入れてみたら、ロザリアからは今晩の夕食の予約を入れるよう依頼があったと言う。私の誕生日を祝うための席を、ロザリアは毎年きっちり用意してくれている。それは良い。
 だが。
 「どうも……お部屋が予約されていないとは、思われていないご様子で……」
 フロントとの通信装置の向こう、戸惑ったように言うコンシュルジュの言葉に、ジュリアスは思わず目を閉じる。
 コラ……そなた、本当に。
 「良い。ロザリアが到着したら、荷物は私の部屋へ」再度言う。「ロザリアも……私の部屋へ」
 そう言ってしまうとジュリアスは、ソファにどかりと乱暴に座り込み、手で顎から口−−唇を覆う。覆ってそれに触れる。
 去年−−私にとっては二週間前。
 気づいてしまったことに拍車をかけるような、この出来事。
 「拒んでくれるな」
 思わずジュリアスは、口に出してそう呟く。



 それは去年−−聖地では三週間ほど前のことだった。
 主星の大神官から謁見の申し出があった。だいたい、彼にとっては三、四年に一度、定期的に行う儀礼的な挨拶ではあったが、その後ジュリアスは彼に声をかけ、チェスをしがてら主星の話−−ロザリアの近況を聞いた。
 まだまだ若いのに、カタルヘナ家の主として立派に世を渡っておりますよ、と大神官は言ってジュリアスを喜ばせた。
 思えば、と大神官は、ジュリアスに対し頭を下げつつ言う。ジュリアス様には失礼だとは存じますが、彼女が女王候補に選ばれたという意味を、私どもはもっと深く考えるべきでしたな、とも。
 それはそうだろう、とジュリアスは苦笑して頷く。もしも現女王が−−アンジェリークが候補でなければ、間違いなくロザリアが宇宙を統べる女王となっていただろう。だから、主星で身を立てていくことぐらい、訳はないはずだ。
 大神官の話は続く。
 「私もたいそう、彼女のことが楽しみになってきましたよ。最初はジュリアス様に頼まれて、友人の娘ということもあり、ただたんに気にかけていただけでしたが、ああも頼もしい存在となるとは。ですから」
 私は前から目をつけていた、有能な若手の実業家を彼女に紹介したのですよ、とにこやかに彼は告げた。
 「良い取引先になるか?」
 そう無邪気に−−本当に無邪気に尋ねたジュリアスに、大神官は深く頷いて言った。
 「良い結婚相手になりますよ」と。



 画面に、その『良い結婚相手』の顔写真と、資料が表示されている。
 年はロザリアよりも少し上ですが、彼女のような、優秀で気位の高い女性を御し切れるのは彼ぐらいのものですよ、と大神官は、自分の考えに満足げな表情でジュリアスに言っていた。そして、相手もいたくロザリアを気に入っていたこと、会わせてみると二人とも、とてもよくお似合いだった、とも付け加えた。
 男は実直そうな、それでいてまなざしは鋭く、才気走った様子がよく見て取れた。ロザリアよりは十近く年上らしい。大神官の言うように包容力もあるようだ。
 確かに良さそうだ、とジュリアスは思いつつ、ふと机の引き出しからあの箱を取り出す。
 中には件の鍵がある。ジュリアスはそれを箱から取り出し、自分の掌に載せてみる。ずっしりと重い感触は相変わらず。けれど、そのような表面的なものよりもずっと、ジュリアスはこの鍵に重みを感じている。 
 この鍵を受け取ってから−−ロザリアの父が亡くなってから−−聖地の外ではすでに五年目を迎えようとしている。
 葬儀明けの、ロザリアが二十一歳のとき、父親の遺言どおり彼女は、自分でエア・カーを運転し、コラを脇に乗せて海へやって来た。初日だけはジュリアスにも連れがいて、ゼフェルはすっかり姉のような風情になってしまったロザリアと、それでもエア・カー談義に花を咲かせることができた。またリュミエールの泳ぎにロザリアは舌を巻き、わたくしもまだまだ精進が必要ですわねと、勝ち気なところを見せていた。
 それから毎年……それは繰り返される。
 一方で、チェスの相手はできつつある。
 「わたくしも少しぐらいは、かじったことがあるのよ」
 そう言ってロザリアが、水着姿のままテントの中で相手をしてくれることもあった。まだまだ粗いところもあったけれど、正直に言えば父親よりずっとしたたかなやり口で、回数をこなせば好敵手になりそうな予感はあった。
 ピアノについては相変わらず叱咤される。
 「ずいぶん滑らかに弾けるようにはなったようだけど、わたくしと一緒に演奏するなんて、まだまだ」
 それはそうだろう、とジュリアスは思う。ロザリアのヴァイオリンの腕前は、趣味の域を軽く超えてしまっているのだから。
 「でも……お父様には聴かせてあげたかったわね」
 ぽつりと呟く横顔に、ふとジュリアスはその肩を抱いてやりたい気持ちになって戸惑ったこともあった。
 そうだ。ときどき、とても触れたくなるときがある。あの、二十歳のとき……背に温かみを感じて以来。それとあの、柔らかな。
 そのたび、ぷるり、とジュリアスは頭を振る。
 振ってその、時折もたげてくる妙な欲望を払い落とす。



 今度の八月−−ロザリアは二十五歳。海で会ったときにきっと、ロザリアから話があるだろう。
 そう思い至ってジュリアスは、胸に、きゅう、と引きつれるような痛みを感じた。
 感じてジュリアスは、くく、と笑う。
 これがいわゆる、『花嫁の父』とやらの心境か?
 ああ、もう私はロザリアと一つしか年が変わらぬから……『花嫁の兄』といったところか。
 「『美しい』花は」
 掌の中の鍵に−−亡きロザリアの父に−−向かい、ジュリアスは呟く。
 「他に愛でてもらえる相手を見つけたのかも知れぬぞ」



 ところが。
 八月の海、十六日のジュリアスの誕生日を祝う食事時に至っても、ロザリアから件の話は出てこない。
 当然あるとばかり思っていた話が出てこないことにジュリアスは、妙にほっとした気持ちと、それとは裏腹な、早く聞いて楽になりたい−−何から楽になりたいのか−−と思う気持ちとがない交ぜになり、内心激しく苛立ち始めた。
 何故、これほど苛立たしく思うのか、自分でもよくわからない。けれど、この状態のままでいることはとてもジュリアスには我慢できそうになかった。
 だからとうとう、自分から切り出した。
 「謁見の後、大神官から聞いたのだが」と。
 ロザリアの表情が、ほんの一瞬強ばった。けれど、それは本当に一瞬のことだった。
 まるで、空が綺麗だわ、と言うのと同じように、ロザリアは言った。
 「ジュリアスには、関係のないことだわ」