あなたと会える、八月に。
◆15
残った一本の鍵を握るとロザリアは、同じくジュリアスを見つめながらそれを自分の胸に押し当てた。
「明日……門を取り払うつもり……だったの」
「……そうか、それなら」
「いいえ」勢いよく首を横に振ってロザリアは、小さく叫ぶように言う。「やめる、やめるわ……! でも」
「……でも?」
少し困ったような表情になってロザリアは問う。
本当は嬉しい……とても嬉しい……けれど。
「そんなに聖地を抜けても……良いの?」
首座の守護聖たる……あなたが。
「八月のような、一日聖地を空けての休暇は取れぬから」ふっとジュリアスは笑う。「なかなかそなたの誕生日にぴたりと合わせて……という訳にはいくまい。そなたとて主としての仕事があるだろうし……だからまあ、この館で一週間ほど、か。それでも聖地では日中の半分にも満たない。それに」
空を仰いでジュリアスは、ぽつりと言った。
「女王陛下には……奏上済みだ」
アンジェリークに……言った?
もちろんロザリアは、ジュリアスの手前、そのようには言わなかった。
「……陛下……に?」
空を見たままジュリアスは頷いた。
「喜ばれたぞ。喜ばれたと同時に……泣かれた」
「……え?」
「何故そなたを聖地へ呼ばないのかと泣きながら言われた」
何か言おうとする、ロザリアの唇が震える。
「『ロザリアが私に会いたくないから、二人は時の流れが異なるのに別れ別れで暮らすのか』とまで言われて往生した」
「そ、そんな!」
思わずジュリアスの肩をつかんでロザリアは抗議する。
そんなことはない−−ああでも、十七歳の頃は確かにそうだった……けど。何もかも……アンジェリークは肯定され、わたくしは拒否されたと思ったあの頃は。
でも今は。
今は−−
「わかっている」
肩を掴まれた手の上に、自分の手を重ねてジュリアスは、ロザリアを見つめつつ言う。
「そなたにはそなたの生き方があり、責任もある」
目を伏せつつロザリアは、こくりと頷く。わたくしにはカタルヘナ家の主としての……それが聖地におけるさまざまな務めより重いか軽いかは関係なく。
「私もそうだ。守護聖である限り、その職務を全うする。だから……私の全てをそなたに差し出すことはできない」
苦笑してロザリアは頷く。
ええ、わかっていてよ。
もしも宇宙や……あるいは女王陛下に何かあれば、あなたはわたくしを置いて行ってしまうでしょう。あの、女王交替−−宇宙の移行のときのように。
それでも。
「それでも」ジュリアスは肩に重ねた手を外し、両手をロザリアに向けて広げる。「八月には海へ行く。そしてそなたの誕生日にはここへ来る」
「わたくしも、そう」
再び流れ落ちる涙をそのままに、ロザリアは言う。
「わたくしも、あなたに全てはあげられない」
もしも最初から全てをあなたに差し出せたのであれば、女王試験自体、辞退していた。けれどわたくしはそれを受けるために聖地へ行った。
そして今はカタルヘナ家の主として、それなりに仕事をこなし、充実感もある。
そういえば。
あの海の小屋を買った話から、負債を完済したと言ったときのあなたの顔を思い出す。
あのときあなたは、たぶん……初めてわたくしの失敗を……願った。十七歳のときは、きっぱりと聖地から送り出してくれたあなたが。
けれど自分の、光の守護聖という職務を大切に思うのと同時に、わたくしの生き方も尊重してくれた。
だから諦めた−−同じ時間に生きるということを。
そう。あなたにはあなたの、わたくしにはわたくしの場所。
しかも。
「しかもわたくしはあなたを残し、やがて去ることになる」
だけど。
『ジュリアスでなければ嫌なの、ジュリアス以外は嫌なの』という言葉どおり−−
広げられた腕の中へ飛び込むとロザリアは、ジュリアスより先にぎゅっとその躰を抱き締める。抱き締めて告げる。
わたくしはあなたしか、愛さない。
あなた以外の誰をも、わたくしの人生にかかずらわせない。
だから、いいの。
わたくしはとても幸せなの。
だって、これまでも。
そして、これからも。
あなたと会える、八月に。
< 第8章 同い年 - 了 - >
作品名:あなたと会える、八月に。 作家名:飛空都市の八月