あなたと会える、八月に。
◆3
だが。
この指輪には約束事があった。
「ジュリアスの前では嵌めないでくれってよ」
ゼフェル曰く、さんざんジュリアスから祝いを断られた手前、女王は内緒にしたいようだ、とのことだった。それに加え、できるだけ身につけておいてくれると嬉しいとさ、とも言われた。それについては無論ロザリアもそうするつもりだった。出しゃばり過ぎないけれど品の良いデザインで、髪や瞳の色に共通する蒼色からしても、ロザリアの持つ服にもよく合うように選ばれ、造られたことがよくわかる。
それにしても。
本当はジュリアスにも見せて、どれほど自分がこの贈り物を嬉しく思ったか、ジュリアスを通じて女王−−アンジェリークに知らせたかった。まあしかし、ジュリアスの気性を思えば、秘密にしておきたいアンジェリークの気持ちも理解できる。
「わかりました」
そう言うとロザリアは、こくりと頷いた。だがせめて、この感謝の気持ちを伝えてもらおうと、エア・カーに乗り込もうとするゼフェルに声をかけようとすると、ガシガシと頭を掻きながらゼフェルの方が、意を決したように振り返ってロザリアを見た。
「改めて言うぜ……良かったな、ロザリア」
とたんにロザリアは、瞼が熱くなるのを感じた。思えばゼフェルは、最もロザリアの心をよく知っていた。わかってくれている人がいると思うだけで、飛空都市を出たロザリアは心強く感じたものだ。
「……ありがとう……ございます」
「相変わらずオレにゃ、おめーらのやることはよくわかんねーけどよ」ロザリアから顔をそむけ、運転席の方へ向き直りながらゼフェルは言う。「オレからすりゃあ、なんで一緒に住まないんだって思うぜ。ジュリアスの野郎、おめーのこと、手放したくないって言ったくせに」
「……え?」
唐突に、ゼフェルの口から飛び出した話にロザリアは目を丸くした。
確かに二人は契り合い、ジュリアスはそれを意味するカタルヘナ家の庭の鍵を持っている。さすがに今は二本ではなく一本で、あとの一本は執事に預けられた。ロザリアにもしものことがあった場合の控だ。
だが『手放したくない』とはジュリアスから、直接言われたことはなかった。それはある意味……二人の間では触れてはいけないことだったから。
別に今の間柄とて、手放されている状態ではない。けれどいつも一緒にいる訳ではない。しかもそれは違う場所にいる、ということに留まらない。異なる『時間』を生きている。そして……その『時間』はやがて、間違いなくロザリアの方から先に途切れてしまう。
そのせいかどうかはわからないが、ふとロザリアが気づくとジュリアスが、じっと自分を見つめているときがある。以前は「なぁに?」と尋ねたけれど、その都度「別に何も」と言われたので、最近はとくに問い返したりせず、黙って笑むことにしている。
いつか。
いつかジュリアスがわたくしの顔を思い出すとき、それは笑顔であってほしいと思う−−
だからゼフェルの言葉はロザリアに、甘さと痛みの両方を与えた。
作品名:あなたと会える、八月に。 作家名:飛空都市の八月