あなたと会える、八月に。
◆4
ゼフェルの話はこうだ。
「去年の八月の後、何か妙にジュリアスがボケてっからよ、おめーと何かあったのかってオレはかるーく聞いたつもりだったんだ、ところが」
もろにジュリアスの顔にそれが出た、とゼフェルが言って笑った。あまりにも素で出たからこっちの方がビビったぜ、とも。
去年の八月−−あまりにも思い当たる節の多さに、思わずロザリアも赤面する。それを可笑しそうに見ながらゼフェルは話を続ける。
いきなりジュリアスが、ゼフェルに問いかけてきた。
「ロザリアが飛空都市から出る前、私が八月に会えると言ったとき、ロザリアはどのような表情をしていたというのだ?」と。
ああ、あれか、とゼフェルは思い至る。ロザリアが飛空都市から出るとき、ジュリアスが律儀に言った『次の次の八月に会える』という言葉をロザリアに伝えたときのこと。
「え……?」
「おめーには、かなり前の話になっちまったかな」苦笑してゼフェルは言う。「けど、オレは覚えてる。ロザリア、おめーはそうオレが言ったとたん大笑いしたんだぜ、『何ですの、それ?』とか言いながら。でも」
大笑いしながら、ぽろぽろと涙をこぼしていた。
しかも、本人にはまるでその自覚がない。
「オレよ、そのことをジュリアスには『もったいない』って言ってずっと黙ってたんだ」
どうして、と尋ねるロザリアの瞳に応えるようにゼフェルは続ける。
「だってあの野郎、全然わかってねーからよ。オレならそんな風にされたら絶対」
ロザリア本人を前にして、今度はゼフェルの方が少し頬を紅潮させた。
「……手放したりしねぇ」
「ゼフェル様……」
「でも」ロザリアの言葉を遮るようにゼフェルは言う。「あのときは妙にジュリアスがマジな表情で尋ねるもんだからよ、惜しまず教えてやったんだ、教えて『な? 手放したくなくなるだろ?』って冷やかしたら」
くく、とそのときのことを思い出してゼフェルが笑う。
とうとう、言いやがった。
「そうだな……手放したくはなくなる……な」と。
ロザリアを見ないまま、ぽつりとゼフェルは言う。
「オレ、それを聞いたとき……ああ、こいつもヒトの子なんだなって思ったんだ」
その言葉にロザリアは微笑む。
「だからわたくし、ジュリアスの八月を祝うんですわ、ゼフェル様」
はっとしてゼフェルがロザリアを見る。
「おめー、それって……」
「ジュリアスから聞きましたの」
さらりとロザリアは、女王試験前のジュリアスとゼフェルの確執について、それ以上のことには触れず答えた。
「……そっか」照れくさそうな表情になってゼフェルは言う。「何で手放したくないのに別れ別れに暮らすのか、やっぱりオレにはわかんねーけど……それなりには上手くやっていけてるってワケだな」
「ええ」にっこりと笑ってロザリアは答える。「八月には会えますし」
「またそれかよ」ぷっ、とゼフェルが吹き出す。「勝手にしやがれ」
そう言ってゼフェルがエア・カーに乗り込んだとき、ふと強い思いに駆られてロザリアは、運転席にいるゼフェルの顔を見た。
「ゼフェル様」見て、告げる。「ジュリアスのこと……よろしくお願いしますね」
もしかしたらもう、ゼフェルには会えないかもしれない。
だから、今のうちに。
「な、何、改まって言ってんだよっ」狼狽えてゼフェルは叫ぶ。「心配すんな、おめーみたいな女、そうそうくたばったりするかよっ!」
そう叫ぶとゼフェルはエア・カーを起動させ、あっという間に行ってしまった。
作品名:あなたと会える、八月に。 作家名:飛空都市の八月