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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆2

 「ねえ、ロザリア」
 スモルニィでの友人であるシルヴィがロザリアの脇腹を小突いた。
 「本当に今年も来ているの? その、『八月』の彼って」
 「八月十六日でいくつになるの? その人」
 反対側からこれまた同じくスモルニィの特待生であるミレイユが小突きつつ尋ねる。間に挟まれたロザリアは少し不機嫌そうな顔をして答えた。
 「わたくしが十二のときに二十五歳と言っていたから……二十八、かしらね」
 「大人ね……」
 ミレイユがうっとりとした声で言う。ふっとロザリアが笑おうとしたところでシルヴィが横やりを入れた。
 「そうかしら、先日わたくしの姉が紹介されたお相手は三十三歳だったわよ」
 「シルヴィのお姉様って、確かまだ二十歳だったんじゃなくて?」
 ミレイユの言葉にシルヴィが得意げになった。
 「そうなのよ。だからまだ二十八なんて大したことはないわよ」
 エア・カーの助手席で、後部座席の三人の様子を聴きながらロザリアの乳母であるコラは、きっとロザリア様は今のシルヴィ様の言葉でご機嫌ななめになってしまっただろう、と思い肩をすくめた。
 前々から海での不思議な青年のことは、スモルニィでランチを食べる程度の友人たち−−シルヴィとミレイユに、話題に事欠いたとき話したことがあった。ロザリアは決して閉鎖的な性格ではなかったのだが、その家柄と何をやらせても秀でた才能と、華やかな美しさがかえって友人づくりを邪魔していた。そんな彼女をスモルニィに通う者たちは遠巻きにしていたが、その中でどうにか近づいてきたのがこの二人だった。もっとも、一人はロザリアに妙なライバル心を持つ者であったし、もう一人は何を言っても、どのようなきつい態度で接してもいつも穏やかに対応するという、両極端な性格の持ち主だった。
 それはともかく、三人とも十五歳で、三人とも−−少なくともロザリア以外の二人は、親から離れて遊びに出かけたかった。そのような二人に、乳母だけのつきそいで海に出かける、しかも『八月』の彼と会うというロザリアは、とてもうらやましく映った。カタルヘナ家のお嬢さんと同行するという格好の言い訳も見つかり、二人はロザリアとその乳母共々海へと出かけることになったのである。
 親をはじめとする彼女たちなりの柵<しがらみ>から解放され、彼女たちはとてもはしゃいでいた。
 「あれよ」
 ロザリアが指さすところにある、海岸から道を隔てた場所にある白い建物が、背後の山の緑や海の青に映えてくっきりとその姿を現していた。
 「素敵ね」
 「私がいつも家族で過ごすところはもっと大きいわよ」
 またまたシルヴィがそう言って浮上しかけたロザリアの気持ちに水をさした。決して喧嘩腰ではないにしろ、ひとつひとつに何か主張せずにはおれない性格なのだとわかっていた。自慢したがり屋は品がないのよ、と思いこもうとするものの、こうして今日の午後からずっと一緒にいると鼻につく。一泡吹かせたい気持ちが、ふつふつとロザリアの中に沸き起こっていた。
 だから、ホテルの玄関口にきらきらと輝く黄金色の長い髪の姿を見た瞬間、ロザリアは心の中で快哉を叫ばずにはいられなかった。
 「ばあや、あれがジュリアスよ!」
 故意に、彼女たちにではなく前に座ったコラの肩に抱きつくようにして手で指し示した。コラが下方を覗き込む。つられて彼女たちも見た。
 そして皆、黙り込んだ−−いや、言葉をなくしたというべきか。
 エア・カーが玄関前に滑り込み、ドア・ボーイが素早く駆けてきてドアを開く。開かれたドアから一番近い位置に座っていたシルヴィが、ロザリアに押されて降りたけれど、目が悠然として立っている青年に釘付けで離れない。それを押し退けるようにして足を地面に降ろすとロザリアは、当然のように手を差し出した。
 すっと手が差し伸べられる。引かれるように軽く身をエア・カーから起こすとロザリアは、出迎えたジュリアスを見つめ、にっこりと微笑んだ。
 「ごきげんよう、ジュリアス」
 「今回は遅かったのだな、ロザリア」
 「ええ、ちょっと……わたくしの友人も迎えてくださる?」
 まだ奥に座ってぼぅっとしているミレイユの方を覗き込むとロザリアは「早く出ていらっしゃいよ」と声を掛けた。
 そうして差し出された手に、自分の手を載せてエア・カーから出てきたときミレイユは、真っ赤な顔をしてジュリアスにぺこりと礼をした。
 「こちらはミレイユ、そして先に降りたのがシルヴィ。二人とも、わたくしの学友なの。そして」
 助手席から降りた年嵩の女性を見るとジュリアスは目を細め、極めて微かに笑った。
 「そなたが、ロザリアの乳母の……」
 「あなたを毛嫌いしているばあやのコラよ」
 「ロザリア様!」
 真っ赤な顔をしてコラが叫ぶと、ロザリアは高らかに笑ってみせた。そして皆をぐるっと見回すと、ゆっくりとした動きで手をジュリアスに指し示した。
 「ジュリアスよ……八月にだけ、会える人」
 軽く黙礼するとジュリアスはロザリアを見た。
 「ご両親は?」
 「わたくしたちだけよ」
 そう言って何か言いたげにしているコラに荷物のことを託すとロザリアは、ジュリアスの腕に触れた。するとジュリアスは、すっと肘を曲げ、ロザリアに腕を組ませる。それがあまりにも自然で、二人の友人たちは後ろで息を飲んだ。そしてそれはコラにしても同様だった。
 背にその気配を感じ、優越感に浸りながらロザリアはジュリアスを見た。
 「なあに、残念そうね?」
 「チェスの相手がいないとな」
 まっすぐ前を見たままジュリアスが答える。そしてフロント前のロビーのソファにロザリアを座らせ、シルヴィとミレイユにも座るよう手で促した。
 「ねえ、ジュリアス」引き続き、妙な虚栄心に突き動かされるままにロザリアはまたジュリアスの腕に触れた。「わたくし、素敵な水着を手に入れたの。あとでお見せするわね」
 「私も海に行くのか?」
 「行ってくださらないの? タイム・キーパーさんでしょ?」
 くすくすと笑うとロザリアは、してやったりというような顔をした。そうして何気ない振りで横を見ると、友人たちと、フロントでの受付を終えて戻ってきたコラが再び呆気にとられた表情でこちらを見ている。それが小気味よかった。
 だから、ジュリアスの表情が怪訝そうなものに変わったことには気付かなかった。