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飛空都市の八月
飛空都市の八月
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あなたと会える、八月に。

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◆14

 どうやら川の水を吐き切ったらしく、助け上げた少年がぐったりとしてジュリアスの腕の中にいる。多少、川の岩や流木などで小さな傷は作っているようだが、とりあえず問題はないようだ。
 そのとき、バシャバシャと勢いよく泳いでくる音が近づいてきた。その音に反応して少年が川を見るなり、あっ、と声を漏らし、「お父さん!」と叫んだ。
 男の躰にロープが巻かれており、それが川向こうの岸辺まで続いている。その岸辺にはリュミエールがいる。
 そして。
 そこまで視線を流してジュリアスは、ひたりとそれをある一点で止める。
 ロザリア。
 落ちた子どもを追って泳いで……というより川に流されている間彼女の、自分の名を叫ぶ声が聞こえたような気がしていた。
 だがまさか本当に、すぐ側にいるとは思わなかった。



 今朝。
 嵐の夜から一夜明けて、空はもう真っ青な色を見せているらしい。ジュリアスはそれを、執務室の窓にかかったカーテンの合間から見て知った。
 また徹夜をしてしまった……か。
 とっくの昔に外して執務机の上に置いていたサークレットを持ち上げつつジュリアスは、椅子から立ち上がると肩を軽く動かしながらカーテンを払い、窓を開いた。雨上がりのせいで微かに湿ってはいるものの、すっきりとした心地よい冷気が部屋へと入り込む。
 先ほどオスカーから連絡が入り、女王が人心地ついたことをディアを通じて知らされたと報告してきた。今しばらく聖地にとどまり様子を見た後戻りますとのオスカーの言葉に、よろしく頼むと言ってジュリアスは通信を終えた。
 この天候を見ても女王が持ち直したことは明白ではあったけれど、頻繁に起こる気象の変化を思えば、手放しでは喜べない。私邸に戻ったところでいろいろ考え込んでしまうと思って戻らないでいたけれど、今も変わらず何か急いたような気持ちのままでいる。
 何かしていなければ落ち着かない。悪い癖がまたぞろ顔を出してくる。このままいけば、またあの八月のように−−
 ふっと笑ってジュリアスは頭を振った。いったん私邸へ戻り、一息つくことにしよう。私は、私なりの気分転換を怠らぬようにしなければならない。
 本当は。
 本当は、行きたい場所がある。
 けれどそれは今ではもう……在って、無い−−ようなものだから。
 ジュリアスが執務室を出て廊下へ出ると、向こうからリュミエールがやってくるのが見えた。リュミエールはジュリアスの姿をみとめるなり、彼にしては珍しく、あからさまに顔を曇らせながらジュリアスの許へと駆け寄った。
 「ジュリアス様、おはようございます」
 「……ああ」
 応じながらジュリアスは、リュミエールから何と言われるか予想できていた。
 「徹夜されたのですね! どうか……くれぐれも無理はなさらないでください」
 一言一句、外れていない。
 「ああ、今から帰るところだ」
 「そうですか……」
 ほっとした様子でリュミエールは頷くと、目だけで周囲を見回した。そして言う。
 「……もう、海へはいらしていないのですね」
 ジュリアスは小さく肩をすくめる。
 「この状況ではな」
 「ではジュリアス様に、泳げるようにと言った子どもとは……」
 「会っていない」
 即答した。
 詰まることなく答えてみせた。
 そうだ。あの『子ども』はもういない−−だから『在って、無い』ようなものなのだ、あの海は。
 「あちらでは何年になるのでしょうね」
 「そうだな……」ジュリアスは女王試験が始まる一ヶ月前を足した月日を、主星での時間に置き換えて答えた。「十五年……ほどか」
 「それではもう、すっかり大人になってしまっていますね」
 「ああ」
 短く応えてジュリアスは計算する。もしもロザリアが女王候補でなかったら、彼女はもう三十歳ぐらいか。
 私の年を越えてしまっている。人の親になっていてもおかしくない年頃だ。それ以前に本来ならばもう私は、とっくにカタルヘナ家の『八月』には参加できていないだろう。何故なら私は、彼らの前ではいつまで経っても年を取ることはないのだから。
 「……それよりどうした? ロザリアと会うのではなかったか?」
 思考を断ち切りジュリアスは、昨日背中越しに聞いた事柄について尋ねた−−微かに意味を成さない複雑な気持ちに陥りながら。
 「ええ、ですがその前に、ディアに報告したいことがあったのですが不在……」そこでリュミエールの言葉が途切れた。「陛下の身に何か……?」
 「言うな」
 「ですが」
 「女王候補たちには心配させるな。良いな」
 「それはよくわかっております、ですが」
 「ならば良い」ふぅ、と息を吐くとジュリアスは言った。「それよりそなたは、ロザリアを頼む」
 「……ジュリアス様?」
 はっとしてジュリアスは、不思議そうにして自分を見つめるリュミエールを見た。
 「……ディアは、陛下のもとにいる。だがオスカーから先ほど、陛下は落ち着かれたとの報告があった」
 少々無理のある話の転換ではあったが、幸いリュミエールは深追いしてこなかった。
 「そうでしたか……」
 安堵の表情を見せるとリュミエールは、ディアがいないということでジュリアスと同じ方向へ歩き始めた。
 「それでは、ジュリアス様もどうか少しはお休みになってくださいね」
 「ああ、だが……」ふとジュリアスは家で籠もっていたくない気持ちがわいてきた。「滝の上流の川を見に行こうと思っている」
 「ジュリアス様が……ですか?」
 「オスカーから聞かされたのだ、増水しているらしいと」
 「ならば誰かに行かせましょう」
 「いや……久しぶりに馬を連れ出して行こうと思う。気分転換にもなるだろう」
 ジュリアスが乗馬好きであることは、もちろんリュミエールも知っている。そうですか、と微笑みながら頷くとリュミエールは「どうかくれぐれも無理はなさいませんよう」と言った。



 単純なことだ。
 ジュリアスは嘆息する。
 きっとリュミエールは話の種に、私が川の上流へ行くと言ったことをロザリアに告げたのだろう。だから二人がここにいる−−良くも悪くも−−いや、結果的には良かった。川へ飛び込んではみたものの、リュミエールの的確な指示がなければ、とてもではないがこの少年を救うことなど、できなかっただろう。
 川向こうにいるロザリアも、何故かずぶ濡れのようだ。そこでジュリアスは、ロザリアの膝元に赤い色をみとめた。どうやら膝に傷を負っているらしい。眉を顰めてジュリアスは、あちらの岸辺に戻ったらすぐに傷を看てやらねばと思った。
 いつでもロザリアはそうだ。どれだけ自分が傷つけられても泣いたりしない。まあ、あの怪我がそれほど深刻なものではないとは思うけれど、それにしてもロザリアは決して泣き言を言わない。そしてそれは、ロザリアが六歳の頃から変わりはしない。
 目の前で、少年が父親らしい男に抱きつくと大声で泣き出した。良かったと安堵する一方でジュリアスは、妙な寂しさを持てあます。
 ロザリアにも、あの少年のようにしてほしいとでも思っているのか?
 彼の父親のように−−家族の一員のように、私にも弱みを見せてほしい、とでも?
 −−外では見せぬ内面を。
 密かにジュリアスは苦笑する。