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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆5

 落ち込んだ心を復活させるのは、それを上回る怒りだ。
 昨夜あれほどの決意を持ってわたくしがあのホテルへ向かったのも、宇宙の女王となってロザリア・デ・カタルヘナという名前がなくなってしまう前に−−尊称のみで呼ばれ、固有の名前で呼ばれないことを知っていた−−ジュリアスと会いたかったからだ。
 それなのに、わたくしは次期女王候補ではなく、次期女王候補の『一人』であることを知らされ、酷く立腹した。このわたくしに対抗する女王候補がいるだなんて信じられない。わたくししか存在しない……そう思ったからこそ。
 自室に戻り、どすんと力を込めて椅子に座るとわたくしは手渡された書類をばさばさと机の前に広げた。そこには確かに女王候補が二人存在し、聖地ではない、別の場所で試験を行う旨書かれており、もう一人の女王候補の写真が添付されていた。
 ……ああ、顔は見掛けたことがあるわ。『アンジェリーク・リモージュ』。同級生の子たちとはしゃいで賑やかというか……むしろ騒々しいとすら思ったことがあった。
 ……どうしてこんな子がわたくしの……?
 投げるようにしてその書類を傍に置くとわたくしは、書面の続きに目を走らせる。そして女王陛下はもちろん聖地にいらっしゃるけれど、女王補佐官様と守護聖の方々がその試験の場に赴かれるという記述に驚愕し、改めて緊張した。
 守護聖様は九人。各々異なる力を司り、宇宙にその力をお与えになる。どのような方々なのか、それなりの場所に臨席することも多いわたくしの父ですら知らない。女王陛下が御姿を現されることはないけれど、守護聖様でも御尊顔を拝することができるのは大神殿の中でも大神官級か、主星政府の首脳あたりのみ。何故なら……各々司る力を冠する名称で呼ばれている神たる存在の方々だもの。
 そして、そのような方々が一堂に会して女王を決める試験を行うだなんて。
 部屋に一人でいることを幸いにわたくしは、少し指先が震えていることを認めた。わたくしとしたことが……怖いのね。わたくしがそんな方々を−−宇宙を統べる女王となるというのに。
 指を震わせたまま、書類を繰る。
 より深く、これから接する方々のことを知っておくようにとの配慮なのだろう。女王補佐官様、そして守護聖様方についての記述が続く。ああ、やはり呼び名はお持ちなのね、補佐官様はディアとおっしゃる。九月九日生まれと。
 そうね。ロザリアという名を持つ十月生まれのわたくしのように、この方たちにも当然名前と誕生日はあるわよね。もともとはごく普通に女王陛下の統べる宇宙に生を受けた者同士ですもの。何となくほっとしてわたくしは小さく息を吐き、続きを見る。光の守護聖様−−この方は守護聖様方をまとめる首座の守護聖様と−−



 指の震えが完全に止まる。
 それどころか一瞬、呼吸すら−−止まる。
 そんな。



 対抗する女王候補のような写真は、そこにはない。
 けれどわたくしにはわかる。
 その名前、その誕生日を持つ人の存在を、よくある偶然だと思い込もうとするほど、わたくしは呆けてはいないし、愚かでもない。
 何歳なのかしらとよく思っていた。
 誕生日を祝ったけれど、彼は本当に変わらなかった。
 そうだろう。
 彼の時は、聖地の外ではほとんど止まっているに等しいのだから。