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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆25

 それにしても背後が温かい。包み込まれるようにして、こうしてゆっくりと馬に揺られながら湖のほとりから寮へと向かう道を行くのは、とても心地よい。
 時折すれ違う人々が驚いたような表情でこちらを見るのには閉口するけれど、まあそれは仕方ないだろう。顔は光の守護聖なのに格好はいたって気楽な綿シャツ綿パンツ姿で、その腕の中には青紫色の、少々だらしなく巻きが緩んで広がった髪を長くたらして、膝を包帯で巻かれ裸足のまま馬に乗っている自分がいるのだから。
 ロザリアの靴は川原の岩の近くにきちんと揃えて置かれていたから問題なく履けるのだが、ジュリアスから「そなたの靴ずれについては前科があるから言うことを聞くように」と言って取り上げられてしまった。しかもその間中、リュミエールがくすくすと笑っていたのも困ったものだったが。
 けれど……そうなのだ。六歳のとき、すでに出会っていたとは……。
 「……どうして、十二歳のとき……初めてジュリアスと会ったとわたくしが思ったとき、言ってくださらなかったの? 初めてではない、二度目だと」
 ジュリアスにとっては唐突に、ロザリアは尋ねた。
 「そなたが覚えていなかったからな」
 あっさりと答えが返ってきた。
 「だって、六歳だったもの……」
 「だから言う必要はないと思ったのだ。それにまさかここでこうして」ふっ、と微かに笑い声が聞こえた。「私の馬に乗せるようなことになろうとは、思いも寄らなかったからな」
 「それはそうですわね」
 ロザリアも頷いた。
 「そういえばそなたの父は、絶対にそなた一人では乗馬をさせない、と言っていたな」
 「ジュリアス……あなたとお父様ってただチェスをしていただけではなかったの?」
 「そうだが? まあその合間に話をすることもある」
 服の下の水着のことといい、意外といろいろ話をしていたのね、と思いつつロザリアは頷いた。
 「……ええ、落馬して打ち所が悪くて死んでしまった従姉妹がいましたの。ですから、自分では乗るのに、わたくしには絶対一人で馬に乗ってはいけないと」
 「素直に守っているのだな」
 「そうですわね……」少し考えてロザリアは続けた。「たとえば一人で馬に乗って……父に心配させるようなことをわたくしは、したくありませんから」
 ロザリアの想像していたとおり、ジュリアスは一瞬黙り込んだ。そして、しばらくして小さなため息が聞こえた。
 「……私が川でおぼれている少年を助けようとしたことは、まさにそうだと言いたいのか?」
 「時と場合によります」
 ロザリアは即答した。
 「今、こうして落ち着いて考えてみれば……わたくしでもやはり、あなたと同じことをしたかもしれない。他人の命に関わることだから。けれど……わたくし自身としてはやはり、あの少年のことを棚上げして、あなたを怒るしかないのだわ。たとえあなたが、私や母のように泳げたとしても」
 「指が震えるのは……そういうときの、そなたの癖か?」
 ぎょっとしてロザリアは唇を噛んだ。狼狽を知られたくなかったが遅かった。自覚すらできなかったが、きっと肩が揺れてしまっただろう。
 「……すまなかった」
 その言葉と同時に手綱を取る手の片方が、すっとロザリアの指先を上から被せるようにして覆い、それを握った。
 本当に、顔を見られないのが幸いだ。
 頭に血が上り、頬が真っ赤に染まっていく。
 せっかくさっきまで『家族』なのだと−−半ば強引に言い聞かせていた思いが、一気に解けてしまいそうだ。
 「先程、川原で申したとおり……もう二度と、そなたの目にあのような様を見せはしない」口を開こうとしたロザリアの先手を打ったつもりでジュリアスは続ける。「無論、見えない所でも、だ」
 通りを行き交う人々をはばかりながらジュリアスは、ロザリアの耳元で囁くように告げる。そのときジュリアスの髪が、一筋さらりとロザリアの肩から胸にかけて滑るように落ちた。
 一瞬、ロザリアは後ろから抱き締められるのではないかと思い、身を強ばらせた。そのようなことはなかったが、それぐらいロザリアの指先を握る力は強かった。十六のときも、そして先程も、抱き締められるときはいつもずぶ濡れだったけれど、明らかにその腕の強さは異なる。いや、腕というよりは……想いの強さが異なるというべきか。だが今は、先程以上の強さだ。
 緊張した。
 けれど決して嫌ではなかった。嫌であるはずがなかった。
 「ジュリアス……」ロザリアは自分の胸の前で揺れる黄金色の髪を見つめたまま呟くように言った。「わたくしたち、今の格好なら少々抜け出して海へ行ったって、誰もわからないかもしれないわ」
 実際、いくら二人が普段からかけ離れた服装でいようと決してそのようなことはないのだが、思わず望みがそのまま口をついて出てしまった。「何を言っているのだ」とあっさり一蹴されようとロザリアは言わずにはいられなかった。
 だが。
 背後からは、ひと言も返ってこなかった。
 ロザリアはしかし、何故か今は黙殺されたとは思わなかった。
 もちろん肯定もない。
 けれどその確信の根元は、握られた指からジュリアスの手が離れないことにあった。