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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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◆24

 自分の背後にジュリアスがいるのは珍しい、とロザリアは妙なことを思いつつジュリアスともども馬上で揺られていた。



 あの後、風呂から出てきたジュリアスもまた、ロザリアの木綿のワンピースに負けず劣らずの、良くいえば……くつろいだ服装で現れた。
 「夫のものですけど……そのきちんと洗っておりますので……」
 女はまた申し訳なさそうに言う。
 「ああ、借りるぞ」
 そう言ったもののジュリアスはというと、彼の肩幅より大きめの、くったりとした木綿のシャツの裾を、これまた腰回りのかなりだぶついた木綿のパンツの中に入れようかどうしようか迷っているようだった。
 「……出して……いらしたままでよろしいのでは?」
 どうにか今度は丁寧に言えたロザリアは、微笑んでジュリアスの足元に視線を動かした。そちらは裾が短くて足首がまともに見えている。海でも長袖のシャツ姿でジャケットをはおることも多いジュリアスにとってこのような格好は、確かに気恥ずかしいものではあるだろう。
 泳ぐときはきっちりと泳ぐ格好を、そうでないときはそれなりの、だらしなくない服装を心がけているのだろう。ジュリアスにとって大事なのは中途半端にならないことなのだとロザリアは、リュミエールの話で確信した。
 女が、何か飲み物を用意してきますねと言って立ち去ると、ロザリアは小さな声で「別人みたいね、ジュリアスもわたくしも」と呟いた。おかしな話だが、心の中のどこかで、なんとなく楽しい気持ちになっている自分がいた。「そこまでとは言わないけれど、海ではそれぐらいあっさりした格好でよろしいのよ?」とジュリアスに言うと、「それもそうだな」と苦笑混じりの言葉が返ってきた。
 そうこうしているうちに家の主たる男が、ジュリアスの馬と、脱ぎ捨てたシャツやジャケット、ブーツ等を持って帰ってきた。また、途中でロザリアの靴も引き上げてくれていた。服の類は昨日の雨の後の地面にうち捨てたせいで湿って泥だらけになってしまっていたが、ブーツはそれほど問題はなかったので、それを履くとジュリアスは、ロザリアを見た。
 「ロザリア、馬に乗れ」
 「……え?」
 「足を痛めているのだから、当然であろう」
 「これはただの打ち傷で、大したことではありませ……」
 即座にジュリアスが遮る。
 「何を言う。靴ずれもある。相変わらずそなたはやせがまんをして無理を……」
 「ジュリアスが言えたことかしら」
 家の主やその妻に聞こえないよう素早く小声で言うとロザリアは、頭を切り換えようと思った。もうそろそろ、このひょんなことから生じた幸せな時間は終わりに近い。あまり長引くと、この時間から抜け出すのが嫌になってしまう。
 「わたくし、ばあやを呼んでおりますから、ここで待たせていただきます。どうぞジュリアス様は先に」
 「乗せていただきなさい、ロザリア」意外なことに、次にロザリアの言葉を遮ったのはリュミエールだった。微笑んで彼は続ける。「乳母の方とは途中で会えるでしょうし、私は後からゆっくり歩いて戻りますから、万が一すれ違うことがあったとしてもお伝えできますよ」
 「頼むぞ、リュミエール」
 「ええ、ジュリアス様」



 リュミエール様は気を利かしてくださったのよね……。
 ロザリアは、目の前で手綱を握るジュリアスの手を見つめながら、リュミエールの言葉を思い出していた。
 プールサイドでジュリアスは、リュミエールのあまりの剣幕に言葉を失い、リュミエールも叫んではみたものの、はっとして我に返ると狼狽して、懸命に詫びたそうだ。だがジュリアスは決してリュミエールを責めたり、ましてや罵るようなことはなかった。ただ……酷く戸惑ったような表情を見せ、ぽつりと言ったそうだ。
 「……私はそなたに心配を……させたのか?」と。
 リュミエールが深く頷いてみせると、それきりジュリアスはもう何も言わず、着替え後、リュミエールからのマッサージを受けていたという。
 翌日は視察団の謁見が思いの外早く済んだにも関わらず『習い事』は休みとなった。こむら返りが起こるのは疲れている証拠です、少しでもよく寝て疲れを癒してくださいねと言うと、素直にこっくり頷かれましたよ、とリュミエールは微かに笑みつつ言って、一息ついた。
 「ジュリアス様はお立場上、『心配する』側であり続け、『心配される』ことについては、まったく慣れて……いえ、おわかりではないということが、あの時はっきりとわかりました」
 そうしてリュミエールは、まるでそういった部分が存在していないかのようだ、とも付け加えた。それはつまり、幼いうちに親から引き離され、光の守護聖であるが故にいきなり首座として……そういう『心配する』立場に配置されてしまったからではないかと彼は言った。
 だからご自分の体調には無頓着過ぎたのですよと呟くと、リュミエールは表情を暗くした。
 その言葉にロザリアは、プールで溺れかけただけでない、他に何かがあるのだと思った。それは以前、ゼフェルが少しだけロザリアに話した、ロザリアが十二歳の時の八月にあったことに起因するような気がした。聞いてみたい気持ちはゼフェルの時と同様、ロザリアの心に湧き立っていた。だが一方で、ゼフェル以上にリュミエール自身がそれについて語ることはなさそうな気もした。
 それはロザリアの思ったとおりだった。リュミエールはすっと顔を上げると、いつもの穏やかな微笑みを見せた。
 「あなたが泣きながらジュリアス様から去ろうとした時、絶対そうさせてはいけないと思いました。ジュリアス様は自覚されるべきだと思ったのです−−まるで『家族』のように、何の損得勘定もなく、ただただジュリアス様のことを心配し、護ってあげたいと思う人の存在を」



 ……うがち過ぎですわ、リュミエール様。
 心の中でロザリアは、ひとりごちる。
 わたくしの内に、損得勘定はありましてよ……『家族』のような、という言葉の裏に隠されたものが−−
 いえ。
 隠してはいませんでした、わたくし、大声でジュリアス本人に告げてしまいました。
 そのジュリアスに表情が見えないことを幸いに、ロザリアはひっそりと嗤う。
 上手くいきませんでした……わたくし……十六歳の八月に、失恋しましたから。
 でも。
 でも、もしかしたら、今となってはもう……そうなのかもしれない。
 こうして聖地、そして飛空都市<ここ>でまた巡り会い、今まで知らなかったジュリアスを知ることができた。
 海でわたくしがおぼれたら助けるために、水泳の練習をする気になったですって?
 可笑しいわね。
 ほんの少しの距離しか泳げなくて、息つぎもままならないのに。
 けれどそれほどに……わたくし、ジュリアスから愛されているのだわ。
 父の代わりを務めようとする『家族』として。
 だからそう。
 もはやそれは……『家族』的なのかもしれない。
 それはそれで……良いのかもしれない。