あなたと会える、八月に。
◆28
もちろんジュリアスにしても、アンジェリークの言うこと全てを認めてしまった訳ではない。だが、彼女の言ったことはあながち誤りではないことをジュリアス、そして他の守護聖たちの誰もがうすうすは感じていたことだった。
たとえば育成のための星の間で、女王からの指示である星に向かい光の力を与えようとしたときジュリアスは、微かな違和感を覚えた。
「……むしろ私の力を……欲しているのではないか」
背後から聞こえたのはクラヴィスの声だった。
まさにそのとおりだと感じた瞬間そう言われ、ジュリアスは振り返り、それでも女王陛下のお達しなのだからと言おうとしたものの、力を与えていた腕を降ろしてしまった。
「ほぅ……?」
面白いものでも見たかのようにクラヴィスは、少し口角を上げてみせると力を与え始めた。それは明らかに越権行為だった。何故ならクラヴィスは女王からの指示を受けていない。けれどそれをジュリアスは咎めなかった。そして力を与え終わってジュリアスを見たクラヴィスもまた、もう笑ってなどいなかった。
同様のことでジュリアスは、オスカーやリュミエール、マルセルからも相談を受けていた。ルヴァから、オリヴィエやゼフェルも同じことを言っていたと聞き、ランディがしきりに首をかしげながら、それでも言われたとおり力を与えているところも見た。
不審が不信感へと変容する前にジュリアスは、進言しなければならないと覚悟した。ジュリアスが自ら守護聖の頭として、忠誠を誓った女王に対し引導を渡す−−今日、まさにそのつもりで謁見の間に来たところだった。
ところが。
体調を崩してしまうほどに星からの嘆きを一身に受けてアンジェリークが、悠長にジュリアスが言葉で伝えようとする前に、行動に出てしまった−−女王候補自らがその引導を女王へと『叩きつけて』しまった。
ならば、ジュリアスはそれを後押しするしかない。
「……私もだ」
側で、立ったままクラヴィスがジュリアスに賛同する意を示す。その言葉に弾かれたようにディアは、一瞬顔を上げたけれど、すぐ目を伏せ、ジュリアスの腕を強く掴んだ。
ディアとて充分わかっている。たぶん彼女が最もわかり過ぎるほどわかっている。それでも彼女からすれば、女王は大丈夫なのだと言い張るしかなかった。
幕の向こうにいる女王の様子は見えない。けれどディアの様子を見ても相当な疲弊ぶりを想像するに難くない。
同情など女王は良しとしないだろう。それでもジュリアスは、言わずにはおれなかった。
下賜された『八月の海』を−−昔、女王とディアがまだ同じ学舎の親友同士であったころ訪れたというあの海でジュリアスが受けた恩義を、お返しすると。
以前、自分がそうであったように……疲れ果てた躰と心の両方を休めて欲しいと。
「……わかった」幕の向こうから、小さいけれど、よく通る声が聞こえた。「私の全ての力を留め置こう」
そう言うと女王は、まるで振り絞るかのように声高に告げた。
「これよりアンジェリークを星の間へ連れて行く。守護聖の皆も来るがよい」
ジュリアスが立ち上がってディアを、そしてクラヴィスが手を差し出してアンジェリークを連れて謁見の間の奥にある星の間−−ここで女王は星の声を聞き、守護聖たちに力を与えるよう指示を出す−−へ向かうべく動き始めた。守護聖たちもまたそれに従う。
アンジェリークを見やりながらジュリアスは、彼女が先程言った言葉を反芻した。
『今すぐ全ての星をに力を送るのはやめて! 星の声を聞いて!』
本当にそのようなことをするとなれば−−ジュリアスは表情にこそ出さなかったものの、心の中で苦笑する。
これから私たち守護聖は、呆れるほど働かねばならぬな。
そうそう力を与えることを留めておくことなどできはしない。しばらく与えなくとも安泰な星もあれば、今すぐある力を欲してやまない星もある。しかもその数は膨大だ。だから、これからの行為はいたって迅速かつ的確に遂行されなければならない。
そのうえ−−事はそれだけに収まらない。今、ここにある宇宙という器はもう朽ちかけている。もともとこの試験は、新たな女王選出に留まらず、この宇宙自体の移行をも成し遂げる者の選択を主柱に据えたものだった。
再度、ジュリアスはアンジェリークを見る。
あの、ふだんは賑やかで笑ったり泣いたりしている表情の欠片も今は見られない。すっと前を見据え、クラヴィスに支えられながらもしっかりとした足取りで歩いていく。
全ての星の声を正確に聞き取り、守護聖たちに指示を与えるのはもはや女王ではなく、この娘−−いや、新しい女王だ。
そこまで思ったときジュリアスは、はっと気づいた。
もう一人の女王候補−−今となっては、『女王候補だった』少女の不在を。
ロザリア……!
作品名:あなたと会える、八月に。 作家名:飛空都市の八月