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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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 いつの間にかロザリアは、飛空都市へと戻っていた。
 どこをどう歩いたのか、全く覚えていなかった。ただ−−謁見の間から一斉に守護聖たちが出ていき、続いて女官や近衛兵たちが大騒ぎをする中、ふらふらと宮殿を後にしたことだけはおぼろげながら覚えている。
 誰ももうロザリアには目もくれなかった。新しい女王の誕生らしき状況に、喜び勇んだ声をあげる者、これから始まる、切羽詰まった激務に緊張しきった表情で思わず駆け出す者、まるで嵐に巻き込まれたような彼らの中を、ただただ顔を伏せ、通り過ぎざるを得ない自分の痛みを払拭すべく、何も感じないようにすることで精一杯だった。
 その自己防衛に弄した策はある意味成功したけれど、一方でロザリアを酷く虚しい気持ちにさせた。
 努力すれば、何でも叶えられると思っていたのは十五歳のときまでだった。人の心はたとえそれが親であってもどうにもならないということを身をもって知ったロザリアだったが、人の心以外にも当然それは当てはまる。
 星の声など聞こえなかった。
 いや−−それ以前に、自分の育成する大陸に住む民の心も知ろうとは思わなかった。遊星盤で腹這いになって大陸を眺めていると民に近しくなった気がすると言ったアンジェリークを内心脅威に思ったことすら、今ではもはや愚かな言い訳に過ぎない。
 天性のもの−−もちろんそれもあるだろう。アンジェリークが持ち、自分が持たざるもの。ただそれだけ。それでも心根ですでにアンジェリークの勝ちと言って良い−−勝ち負けだの言っている時点ですでに『負け』なのだ。アンジェリークは常に無心であり、自分は常に誰かに認めてもらいたい、誉めてもらいたいという一心だった。
 十五歳の八月と変わらない。
 くく、とロザリアは小さく声を出して自嘲する。
 あのときは、今思い出しても我ながら滑稽なほど似合わない水着を着て、無邪気な賛辞を求めていた……いつも甘やかしてくれる父のように。けれど父でそれが成らないので、ジュリアスに求め、叱られた。
 そして十七歳の今も。
 よくぞ大陸を、星を、宇宙を育成した、立派な女王になって素晴らしいと、認めて欲しかった。
 けれど拒まれた。
 泳いでいる途中で外れてしまった水着と異なり、こればかりはジュリアスも庇ってくれなかった。何故なら事は宇宙の−−今ここで生きているわたくしたちの存亡に関わるものなのだから。
 ロザリアはのろのろと、まるで重石でも引きずるかのように遅い歩みで、日の沈みつつある道を行く。
 とにかく。
 とにかくもう、聖地で自分がやることは何もない。ましてや何の役にも立てそうにない。
 ならばいっそのこともう、誰にも告げず、ここから出ていってしまおうか。
 『負け』てしまった自分のことなど、誰も彼も気に留めたりしないだろう。
 ……ジュリアスでさえ。



 ふと気づくとロザリアは、飛空都市内の王立研究院にいた。
 定期審査の後はいつもここへ来て遊星盤に乗り、フェリシアを眺めていた。習性とは恐ろしいもので、今もまた勝手に足がここへと向かっていたのだ。
 そしてここもまた、研究員たちは宮殿同様、錯綜した状況の中で右往左往していた。どうにか一人を捕まえてパスハの行方を尋ねたけれど、研究員は叫ぶように「緊急事態ということで聖地へ召還されました!」と言い、自分たちもまた聖地にある王立研究院へと戻るのだと付け加えた。
 責任者であるパスハがいないと遊星盤が動かせない。そうなるとフェリシアの様子を見に行くことはできない−−そう思いかけてロザリアははっとした。
 見に行かない訳にはいかなくてよ。
 フェリシアを……そしてエリューシオンを。
 ロザリアは、アンジェリークと共にディアから聞いていたことを思い出した。今まで自分たちが住み、そして聖地を含む主星のある宇宙はもう、器としてはぼろぼろなのだと。それを新しい器−−新しい宇宙へ移行させたいのだと。
 新しい宇宙とは、ロザリアとアンジェリークの育成する大陸を有する星のある宇宙のことだ。
 それに。
 たとえ心構えがどうであったにせよ、女王候補となってから今まで、大切に慈しんできた場所だ。自分にとってのフェリシアですらそうなのだ、ましてやアンジェリークにとってのエリューシオンにしてもそうだろう。アンジェリークと守護聖たちの不在期間がどの程度続くかはわからない。けれどその間、いったい誰がこの二つの大陸を見守るのか。
 どうやら……こんなわたくしにもまだ、できることが残っていたみたい。
 ロザリアは大きく息を吸うと、今、話をしていた研究員の腕を掴み、言った。
 「遊星盤を起動させてください。わたくしは行かなければならないのです、あの二つの大陸へ」
 「しかし、遊星盤はパスハ様が」
 「彼が不在なのであれば、どなたかが……そう、あなたが起動させてください」
 「僕には権限がありませ……」
 「起動させてくださるだけで良くってよ」研究員の言葉を遮るとロザリアは、その腕を掴んだ指先に力を込めて続ける。「操作も制御も監視も不要、放っておいてくださって結構。後はわたくしがやります」
 「でも許可なしに」
 まだ言いすがる研究員にロザリアは、真正面から見据え、静かに告げた。
 「わたくしはあの大陸を育成しているの。育成している者がそれを見守ることにいったい誰の許しを乞う必要があると言うの?」
 ようやく研究員の腕を解放するとロザリアは、その指先を研究院奥にある遊星盤の発着場へと真っ直ぐ向けた。
 「命令が必要だと言うのあれば、このわたくしが命じます−−今すぐ、遊星盤を起動させなさい!」
 研究員は、自分よりずっと若い彼女に気圧されたかのようにごくりと唾を呑み込むと、他の研究員たちが聖地へと向かって出ていく中、逆行して奥へと駆けていく。ロザリアはぎゅっと両手の指を折り、それを握り締めるとその研究員の後を追った。