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飛空都市の八月
飛空都市の八月
novelistID. 28776
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あなたと会える、八月に。

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 何度も繰り返される視察に疲れが溜まり、重く感じられるようになった躰をずるずるとずらすとロザリアは、いつもは背に当てているクッションの上に頭を乗せ、遊星盤の中から空を仰いだ。
 すっかり日が暮れ、夜を迎えようとする大陸を飛んでゆく。
 アンジェリーク。
 ふふ、とロザリアは笑う。
 あなたが腹這いなら、わたくしは仰向けになって遊星盤に乗っているわ。
 きらり、と一番星が光った。
 もっとも、このフェリシアやエリューシオンにおいての一番星の正体は、上空にある飛空都市で灯る明かりであって、星からのものではない。もちろんこちらの宇宙にも星はあり、日射しの光源になるような星も存在するけれど、全体から言えばそれほど数があるわけではなく、夜を迎えると本当にこの地は真っ暗になってしまう。
 だから今ももう、あっという間に闇が遊星盤を包み込んでいく。
 ロザリアは、夜空へ遊星盤を飛ばすのが好きだった。飛空都市からの光以外何も見えなくなった中、遊星盤にあふれている花の香りをより強く感じることができる。
 何故好きなのか考えてみてロザリアは、すぐに思い当たることがあった。それは、この闇と花の香りとが、ある場所を彷彿とさせるからだ。
 懐かしいあの庭。
 カタルヘナ家の館の奥まったところにあり、家族だけが過ごすことのできるあの庭には、鬱蒼と草木が生い茂り、花が咲きたいように咲き乱れていた。母が生きていた頃は父を含め三人だけで時を過ごすこともあったけれど、母が亡くなってから父は、母との思い出の多すぎるその場所や、あるいはあの八月の海へは行かなくなってしまい、ロザリアが一人で過ごすことが多かった。そこには小さな東屋があり、置かれたベンチに座ったり、行儀が悪いと思いつつ、数度横になってみたこともある。
 そこでも、星の光は東屋に遮られていたけれど、暗闇が花と草のむせ返るような香りを際立たせていた−−
 あの庭はどうなってしまったかしら。
 そして。
 「お父様」
 そっと呼んでみる。女王候補としての試験が始まってからは、なるたけ家のことは思い出さないようにしていた。思い出さないようにしている間に、ただ一人残された父は、母だけでなく娘のロザリアとの思い出の中へと籠もってしまった。
 きつくはならないよう留意しつつ、後でコラを叱った。
 わたくしを女王に選ばなかったからといって、ジュリアスに当たるのはお門違いだと。無情に思える彼の返答も、彼の役目を考えれば当然の対応だし、もしもわたくしが彼の立場であっても同じことをするだろうと。
 それに、家のことはジュリアスには何の関係もない。女王になるということ、そしてジュリアスと、たとえ立場はどうであれ毎日会えるということに正直わたくしは浮かれていた。もちろん悩んだり落ち込んだりすることもあったけれど、置いてきたお父様のことを全く顧みなかった。
 あとは。
 「お父様自身が弱かった。ただそれだけのこと」
 そうロザリアが言い放ったとき、コラは何か言いたげに唇を震わせたけれど、結局何も言わなかった。ジュリアス同様わたくしも、ばあやにすれば薄情な者だと思われたかもしれない。
 けれど、それが正直な気持ち。
 それでも−−
 わたくしが家に戻ったら、少しはお父様も喜んでくださるかしら。それとも、負けてのこのこ帰ってくるとは何事だと叱られてしまうかしら。
 そこまで思ってロザリアは闇の中、一人苦笑する。
 わたくし……生まれて初めて、人と交わした約束を反故にしてしまうのだわ。
 女王になる、と言ったのに。
 なれなかったわ、お父様。
 だから喜んでは……くださらないわね、きっと。けれど、帰る場所はあの館しかないのだから。
 コラが、ロザリアの父が館を抵当に入れていたと言っていたのを思い出す。
 ならば、帰る場所を確保するためにも、わたくしが励んでカタルヘナ家を立て直さなければ。
 でもその前に、もっと大きな『帰る場所』−−宇宙−−を守らねば。 
 アンジェリーク。
 あなたが女王になったなら。
 あなたは空から、慈しみのまなざしで宇宙を、そして民を見守るのだろう。
 ……相変わらず、腹這いになって、かしら?
 そしてわたくしは。
 わたくしは、地上からあなたを仰ぐ民へと戻る−−



 そのとき。



 思わずロザリアは仰向けに横たわったまま両腕を、そして両方の掌を広げる。
 自分で言っておきながら、いざその光景を目の当たりにしてロザリアは、滑稽なことに腕を広げずにはいられなかった。
 なんという数の星!
 その星々が一斉に、今にも降ってくるようだ−−それを仰ぎ見る自分のもとへと。
 もっとも、それを受け取ろうとするかのように広げた腕の中へは、ただその光のみが届き、星自体は遊星盤にいる自分を照らすように燦然と空の上で輝いていた。
 瞼を閉じてみても、星々の光を感じることができる。まるで躰自体にしみ通るようだ。
 終わった。
 無事終わったのだ。
 彼らは−−アンジェリークは、そして守護聖たちは見事に役目を果たした。
 だからもう、帰らなければならないとわかってはいたけれど、今少しだけロザリアは、この星の光の中に浸っていたかった。
 閉じたその瞼に、ジュリアスの面影が映る。
 そのジュリアスは微笑んでいた。
 聖地や飛空都市における、峻厳な表情の光の守護聖でなく、真っ直ぐこちらを見るまなざしに変わりはないけれど、それでも明らかに……柔らかに笑んでいる。
 その背景には、あの海があった。
 再び帰りたいと思う、あの海の。