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今年の冬とグレイシアⅠ

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「それもそうか、僕も星あんまり見てないや」
 僕と彼女は笑った。
「冬樹くんは、グレイシアのことどう思ってる?」
 これって、菫のことをどう思ってるのか聞いてるのか……? ミスできない質問じゃないか。緊張する。
「えっと、その、綺麗で、可愛いところ」
 ありきたりな答えになってしまった。人生には、都合よく文章の選択肢が用意されているわけじゃないことを痛感する。

 彼女は、少し間を開ける。

 そして、こう答えた。
「……ありがと」
 よ、よかった。一応ミスってはいなかったみたいだ。
「あと、グレイシアってカッコいいよね、冬樹くんみたいに」
「僕なんか、僕なんか、えっと、そんな、カッコよくなんかないよ」
 彼女にほめられただけでキョドってしまう。恥ずかしくて。
「そんなことないよ、いつもとってもカッコいい」
「あ、あ、ありがとう」
 ガチガチになりながら返事をした。
 制服にうっすら雪がかかり始めるほど歩いた頃に、僕らは彼女の家に着いた。
「それじゃあ、明日私の家に来てね」
「わかった、楽しみにしてる」
「また明日」
「うん」
「じゃあ」
 菫と別れるこの瞬間は、僕にとって一番辛い。彼女だけが、僕の心の支えだからだ。

 僕は、一人で雪のちらつく空を眺めながら、家路を歩いていった。自分の足音が、やけにうるさかった。


     @  @  @


「グレイシアになったの」
 母は料理を作る片手にそう呟いた。
「うん、まぁ」
 僕はふてぶてしく返事を返す。
「冬樹の好きなブイズでよかったじゃない」
「俺はランターンが嫁なんだい」
「あらそう」
 でも、ランターンだと二日目以降が大変だと思う。なんせ水中じゃないと息もできないからだ。
 だから、実際ランターンにならないで、無難なグレイシアになってほっとしていた。
「菫ちゃんは何だったの?」
「同じ」
「えっ?」
 俺が適当に答えたせいで、母が聞き取れなかった。
「同じ」
「今揚げ物作ってるから、うるさくて聞こえないのよ、もう一回お願い」
「同じ!」
「それじゃあ、グレイシア? 同じでよかったじゃない」
「全然良くねぇよ!」


 家族の前になると、どうしても僕は言葉づかいが荒くなってしまっていた。内弁慶、というのはこういうのかも、知れない。

 僕は、家族が苦手だった。
 生まれたときからずっと一緒。何をするときもずっと一緒。
 特に、兄弟。ぺたぺたくっついて、邪魔なだけ。
 親も、最悪。何をするのにもいちいち口出しする。
 自分の知られたくないことは家族に知られる。プライベートを知らないうちに探られる。突然部屋に入られる。

 僕は、苦手というか、家族が大嫌いだった。


 僕は、さっきのセリフを吐いたあと、立ち上がってリビングから出て行った。
 もう母の声なんて聞こえない。
 僕は、家族から早く離れたかった。


     @  @  @


 僕は、部屋に閉じこもって、ずっと窓から外を眺めていた。
 星が綺麗だ。気持ちのすさんだ時に見ると、より一層輝いて見える。

 昔から、僕はこの時間が好きだった。一人でいる時間。大好きだ。

 トイレに閉じこもったり、納戸に隠れたり。さらには留守番とか言われたら喜んでいた。
 けれど、いつも孤独だった僕に手を差しのべてくれたのは、友達だった。
 人見知りが激しいのも作用して、僕には友達の数は少なかったけれど、本当に心を通わせることのできる人だけが、僕のそばにいてくれた。
 さっきの西川も、その一人だ。しかし、もっと特別な人がいる。
 それは、透崎菫(トオザキスミレ)、彼女だ。
 僕は、彼女とは小学校で知り合って以来、ずっと友達だった。いや、ただの友達なんかじゃない。この上なく大切な『人』だった。
 彼女に対して≪好き≫という感情が生まれ始めたのは、中学校に入ってからだ。ただの、好き、じゃない。彼女と離れたくない、ずっと一緒にいたい、そういう≪好き≫だった。
 高校も、彼女と同じところを志望した。学力が適当だったというのは、うわべだけの理由だった。彼女に、僕が学力を合わせていたからだ。
 ≪好き≫という感情があれば、僕は何でも出来た。むしろ、彼女と一緒にいるためなら、何でも出来る自身があった。


 そう、僕は、彼女を愛していた。