瀬戸内小話3
花見
桜の季節は、実に短い。
蕾がほころんだかと思うと、あっという間に散ってしまう。雨など降れば、あっという間に地面に桃色の敷物を広げて見る者を嘆かせる。
「せっかく花見に来たのに、残念だな」
しとしと降る雨に、天を見上げ元親が溜息を吐く。
「貴様に見せる花などないという、天の意思であろう」
酷いことをさらりと言って、部屋の主が落ちかけた羽織を手繰る。
「……おいおい、花見に来たらどうだって誘ったのは手前じゃなかったか、毛利さんよ?」
「我ではない。隆元であろう」
寒々しい部屋に響く溜息の大きさが、主の心境を如実に表す。
「――貴様が暫く、顔を出さぬのを気に病んでおった。そう思うことこそ、可笑しな話よ」
書を置くと、縁側の襖を開け放ち外を眺める元親の方へと身体を向ける。大きな背中は、相変らず空を眺めたまま微動だにしない。
「そーいや、冬の間はご無沙汰だったな」
「国に在ってこそ、国主というものであろう。それなのに、貴様は年のどれほどを四国で過ごす?」
「……半分くれぇか?」
頭を下げ指を降り、あまりの多さにからりと笑う。こんな主を抱え、留守を守る国主はさぞ大変なことだろう。何より、謀反が起きる確率はぐんと上がる。
なのに、この男は一向に気にした様子がない。四国という国は阿呆が多いのではないかと、この背を見ていると人の国ながら呆れ返る。
また深い溜息を吐くと、おいおいと肩を竦めてようやく四国の鬼は振り返る。
「お前な。その溜息、止めろ」
「吐かせているのは、どこの阿呆のせいと思っておる」
「さてねぇ? とんと見当もつかねぇよ」
襖を開け放ったまま、元親は大股で歩き出すと、すとんと人の背後に腰掛ける。
「……よさぬか。暑苦しい」
回される腕を叩くが、お構いなしに人の背に寄りかかってくる。
「重いぞ、元親。離れよ」
崩れそうになる身体を、胸を張ることで保つ。
「――花見に」
なのに、抗議には頓珍漢な言葉が返される。
「ここには花を愛でに来たのさ、元就」
するりと襟の中に差し込まれる冷たい掌。お陰で、臓腑という臓腑から力が抜ける。
「やはり貴様は、阿呆よ。元親」