決意は揺れて 3
他に考えられるものもあるのに、というのが黒子の言い分で、このときばかりは趣味人間観察で小説家をしている彼女が恨めしく思ったことはない。
「6週目、って言われた。けど、まだどうなるか……」
「そうですね、安定期には遠いですし」
「それもだけど、生むかどうかわからない」
グラスを握る手が震えていて、それを押さえ込むために力をこめる。一瞬だけ、翳る黒子の表情に、思わず目をそらしてしまった。
「黄瀬くんなら喜ぶと思っていましたが」
「それは、ないと思う」
「思う、ということはまだ言ってないんですね?」
笠松の曖昧な言葉を確信を持って拾う黒子。隠し通せない自分に腹立たしく、笠松は唇をかみながら大人しく頷く。
「だったら、早く言ってあげてください。驚くとは思いますが、絶対に喜びますよ」
中学からの付き合いだという黒子が喜ぶと言っていても、笠松には信じられなかった。数日前からワイドショーで騒がれている話を彼女も知らないわけではない。きっと、すぐに黄瀬が笠松に謝って、あれが嘘なのだと訴えたとでも思っているのだろう。現実は、着信一つない状況だ。
わからない、と口から漏れた。
「最近、連絡取れてないんだ。撮影で田舎のほうに行ってて」
「撮影って……」
「でもさ、そもそもな話、黄瀬の一番が私じゃない可能性だってあるんだ」
そんなことないと言い張る黒子に、テレビの話は知ってるだろ、なんて言うと彼女は顔を歪めた。ああ、そんな顔したらせっかくの可愛い顔立ちがもったいない。
オレンジジュースをストローで吸うと、先ほどよりほんの少し薄かった。
「笠松さん、遅くなってもいいので、絶対に黄瀬くんと話してください」
「…………」
「でないと、僕から言いますよ。子供が出来たこと」
無表情で言い放つ黒子。思わず目を開く。
「逃げないでくださいね」
念を押されて、押し黙るしかなかった。きっと、笠松がもたもたしていたら黒子は本当に黄瀬に告げてしまうだろう。仕方なく頷くと、黒子は満足そうに笑った。
食後、すぐに黒子と別れた。そのとき、小さく「駄犬め」と聞こえたのは気のせいだったと思いたい。
笠松は帰り道、肌でかすかにそよぐ風を感じながらスマートフォンを取り出した。せめて自分の言葉で、と着信記録から恋人の名前を引っ張り出す。たっぷりコールがなった後、留守番電話サービスに繋がれる。無機質なピーという音が聞こえたあと、笠松は口を開く。
「黄瀬、私と別れてくれ」
考えることにも、不安に思うことにも、笠松はもう疲れていた。