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そして、再開

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牧野慶が求導師としての使命を与えられたのは12歳の時だった。
 きっかけとなったのは彼の育て親である牧野怜治の死。義父が慶を残してこの世から去ったのだ。死因は求導師としての重みに耐えかねて行ってしまった自殺。
 唐突だった。つい昨日まで何も考えず日々を過ごしていた、それもたった12の少年がこれから先、新たな求導師としての使命を課せられるのだから。



***


 求導師という仕事は義父、怜治がやっている姿を幼い頃から目にしていた。毎日、教会でお祈りをして、村人達からは会う度にありがたそうに手を合わせられ、また怜治もそれに笑みをたたえて応じる。時にはそのまま立ち話になる事もあった。
 なんて温かい仕事なのだろう。毎朝マナ十字架の前で祈りを捧げ、村人の達からは尊敬の眼差しを向けられる。求導師という職はきっとやりがいもあるなのだろう、当時幼かった慶は義父の姿を見て常にそう思っていた。怜治の次にその役目を継ぐのが丁度慶だったので次期求導師として慶もいつか義父のような優しく、人に信頼されるような立派な求導師になりたいと目指していた。
 けれども、そんな誰もが敬う職に就いていながらも、怜治自身は時折なんだか疲れた表情を見せていた。しかもただ疲れているというよりも何か、重たいものを背負ってるよう、そんな圧迫感すら感じていた。

「お父さま、どうされたのですか?」
「いや、なんでもないよ。ちょっと、疲れててね…」
「へー、父さまでもつかれることってあるんですね」
「うん…そうだね、とても疲れるよ。とても」

 まだ何も知らなかった幼子の慶の問いに、当時の怜治は少し困ったように笑いながら返していた。人間誰しも疲れる時はあるし慶はそれを特別不思議には思わなかった。
 しかし、今思えば慶にとって幼さゆえに口にしてしまったその言葉は怜治からしたら一種の地雷のようなものだったに違いない。疲れることもある、だなんてとんでもない――。
 そして、その意味がようやく慶自身にもわかるようになるのは大分後になってからだった。



***



 あれから大分時が経ち、自分の役目を課せられてから15年になった。始めた頃に比べればなんとか自分の足で立っていられるようにまでなったがやはり求導師という役目が重荷なのには変わりなかった。
 毎日マナ十字架の前で捧げる祈りも、逢う度にありがたそうに手を合わせる村人達も今の慶にとっては苦痛以外の何物でもなかった。なんとか、笑顔を張り付けて保っていられるものの内心では今すぐにでもこの場から逃げ去ってしまいたいという気持ちでボロボロだった。
 そして何より慶の心を重苦しくさせたのは神代の儀式。怜治は儀式で失敗しその重圧から己の命を絶ったのだ。もし自分も失敗すれば…。
 かつて求導師だった義父の気持ちがその時から死ぬほどわかるようになっていた。嫌だ、嫌だと心の中で何度も叫ぶ。教会に入る足もすくむようになり、立っていられる筈の足も時折震えてしまう。
 こんな肩書きだけの『求導師』なんて――。
 そうして気が付けば自分の事を真にわかってくれる相手は八尾しかいなくなっていた。八尾は慶が幼い頃から一求導女であり、母のいない慶にとって母親のような存在でもあった。
 村中から一心に期待をかけられてしまっている彼にとっては、彼女にすがりつくしか他ならなかったのだ。



***




 自分に生き別れた双子の弟がいた事は昔幼い頃に義父から聞かされた事があった。
 耳にした当初はとにかく驚いた。まさか自分に兄弟、しかも双子がいただなんて思いもしなかった。しかし義父曰く生まれてからすぐに互いの家にそれぞれ引き取られたのだから知らなくて当たり前だったらしい。
 思えば慶自身も義父の葬式の時にチラッと自分の片割れを見た事があった。
 宮田司郎――自分と同じ顔をした双子なのに彼は随分と大人びて見えた。次期宮田医院の院長になる跡取り息子だ。そうだろうな、あの頃からもうあんなにしっかりとしていたんだ。そういう道を歩んでも全くおかしくない。
 それに比べて、と慶は思う。己はなんなのだろう。求導師なんて名前だけで誰一人救えていないどころか逃げ出しているではないか。情けないことこの上ない。
 もし、彼が求導師なら――意気地無しな自分とは違ってしっかりと役目を真っ当できるだろう。
 いっそこの役目を、彼に代わって欲しいと慶は心の底から願っていた。



***



 暫くして宮田が医院を継ぐ為、都会から帰ってきたと八尾から聞いた時、慶は複雑な気持ちで一杯だった。
 実際『宮田』と『牧野』の仲が悪いのは昔から有名だ。そして実のところ慶も宮田が怖かった。きっと彼も裏で、名前だけの出来損ないの求導師めと馬鹿にしているに違いない。
 その恐怖から慶は宮田と視線をできるだけ合わせないようにした。あの視線が怖い。全て悟られている気がしてならない。
 それでも宮田は度々慶を見ていた。きっと睨み付けているんだ。そう思うと震えが止まらなかった。身体が反射的に宮田を避けてしまっていた。
 見てくるだけじゃない、時には向こうから話しかけてくる事まであるのだ。しかも村や神代の事以外の他愛のない話にまで及ぶ事もあった。
 どうして宮田は自分にわざわざ話しかけてくるのだろう。宮田と牧野の仲があまりよくないのは彼だって無論知っている筈だ。なのにどうして。
 もしかしたら。もしかしたら、と考えてみる。彼は少なからず慶に好意を抱いてくれているのではないか。生まれた時は同じ双子として生を受けた兄弟として。何か繋がるものを感じているのではないか。
 ――一瞬考えたもののすぐに振り払う。いや、そんな事あるわけがない。第一彼は自分とは対極的な存在にあるのだから。村の暗部を担っている彼は何かを知ってのうえで自分に話しかけてきているのだろう。腹の底じゃあ、そこら辺の畑にあるカカシと変わらない求導師と嘲笑っているに違いない。
 わかってはいる。わかってはいるのだけれど――宮田を恐れつつこの頃から慶は心のどこかで血の繋がった兄弟だったゆえに宮田を気にする自分がいた事に半ば気付いていた。


***


 ここ最近、調子が悪い。身体全体が鉛のように重くて動くのが辛い。頭がぼうっとする。熱も感じていた。
 外出する際、八尾に掃除を頼まれた時、彼女に心配されたが慶は敢えて「大丈夫です」と返した。

「本当ですか? あまりお顔の色も良くは見えませんが…」
「掃除ぐらいなら私ひとりでなんとかなりますから。八尾さんは気にせずに外出してきてください」

 終始心配そうな面持ちのまま、八尾は村人達に挨拶を交わしていくべく教会を出た。
 気にかけてくれるのはありがたい。しかし、彼女に迷惑をかけっぱなしになるのは悪いと思うし、求導師たるものこのぐらいでへこたれてはいけない。
 そのくらいは自身も求導師として自覚していた為、慶は重い身体を無理矢理立ち上がらせて掃除に励んだ。床をほうきで掃き、窓ガラスを雑巾で拭く。そうした一見、難しくもなんともない作業が体調不良のせいで疲れやすくなっていた。
作品名:そして、再開 作家名:なずな