そして、再開
言ってしまえば言ってしまえばで楽になっていくが同時に妙な気持ちになり視線を下へとずらしてしまう。きっと、耳から顔まで沸騰したみたいにすっかり赤くなっているだろう。
「でも、誤解を招いていたなんて…ごめんなさい。」
「いえ、いいんです…俺も…いきなり問い詰めて…」
珍しく宥めようとする宮田を目にしてなんだか、自分の気持ちをやっと解放できた気分になった。
「…私も、宮田さんの事が好きでした。今だって勿論。でも、どうしていいかわからなくて…きっと恐れていたんでしょうね。嫌われたらどうしようとか。敢えて距離を置こうとか。自然と自分の中で」
口にしていく内に段々胸に溜めていた想いが込み上げてくる。まさか、こんな形で告白する事になるとは慶自身も思わなかっただろう。感情の込み上げに目頭が熱くなるのを感じる。
「だから今、すごく嬉しくて…あぁ、すいません…どう言葉にしていいのか…っ」
目から涙がひとつ、またひとつとポロポロと落ちていく。もういい年した大人なのに、みっともない。
「牧野さん…」
「宮田さん…好きですっ、私もあなたの事が…っ!」
今度こそ、直球で言おうとした瞬間、抱き締められたような気がした。いや、気がしたのではなく実際抱かれているのだが。
身体全体の熱が更に上昇する。宮田の体温をこの身体で今、自分も共有しているのだと思うと恥ずかしさでまた熱くなる。
ただでさえ熱いのにこれ以上熱くなってしまえば本当に倒れてしまうのではないだろうかと思った時、宮田が慶の耳元に顔を近づけてきた。
「好きなんでしょ? 兄さん」
吐息混じりに、静かな声で弟が言う。こんな姿…もし万が一誰かがここに来てしまった時に目にされたらどうすればいいのだろう。そう考えれば考えるほどますます鼓動の動きも早くなる。
「…みっ、宮田さん」
「はい?」
「そろそろ離れてくれませんか…その、誰かに見られると大変ですし、何より恥ずかしいです…」
「そんなの逆に見せつけてやればいいじゃないですか」
「いっ、一応立場上もありますし…」
「…」
「そうですね」と惜しそうに溜め息を吐きながらもやっと離してくれてホッとした。立場上だという口実が効いたのだろう。無論、本心はその前に言った言葉の方だが。
「さて、医院へ向かいますので一緒に車に乗りましょう」
***
さっきから宮田が上の空になっている気がする。診察室のデスクに視線を落としては窓の外にも目を向けている。それを交互に繰り返していた。何か考え事? 一体どうしたのだろうか。
「みっ…宮田さん…?」
何か大事なことを考えている可能性もあるので遠慮がちに声をかける。しかし呼びかけても返事はない。今度はさっきより少し大きめな声で呼び掛けてみる。すると2度目の呼び掛けでやっと宮田がハッと顔をこちらに向けてくれた。
「どうしたんですか? さっきから上の空だったみたいですが…」
何を考えていたのかわからないが、白衣を着た目の前の弟は肩を竦めてハッと小さく笑った。
「いえ、すいません。で、なんですか?」
「はい、実は…」
結局あれから慶は宮田と一緒に医院へと連れて行かれた。診察の結果風邪だと診断され処方箋を渡された。渡される際に「これからはあまり無茶はしないようにしてくださいよ」と一言を付け加えられたのを今でも覚えている。後日、処方薬も無事貰いおかげで風邪も完治した。
そしてその日を境に宮田と慶の関係にも変化が現れた。
今までは宮田と接する際に先走ってた恐怖もなくなりごく自然に話せるようになったのだ。宮田の方も以前に増して自分によく話しかけてくれるようになったし慶も自分から自然と話題を振れるようになれた。以前のような緊張感はもうない、それはきっと宮田自身に対する恐れが消えた証拠であろう。あの日、教会で目にした弟の一面。自分を好きだと言ってくれた。優しく抱き締めてくれた、ちょっと恥ずかしかったあの日が今でも脳裏に鮮明に焼き付いている。
『求導師』というプレッシャーに押し潰される日々が今では宮田が支えになってくれているような気がした。いや、距離に隔てがなくなった今だからこそ気づけたわけでもしかしたらずっと前から宮田は密かに慶を支えてくれていたのかもしれない。そう思うと胸の奥が熱くなった。考えてみれば村人達から――更には母親代わりの八尾からですら『求導師様』と呼ばれている中で宮田だけが『牧野さん』と呼んでくれたのだから、あの頃からすでに宮田は慶を『求導師』としてではなく『牧野慶』として見ていてくれていたのだ。たったひとりの肉親である弟のおかげで以来、少し『求導師』としての足枷が軽くなった気がした。
もし、自分と宮田が普通の兄弟だったらどうなっていたのだろうなんて考えたた事がある。きっと自分は彼をいまだ知らない本当の名前で呼び、弟もまた自分ですら知らない本当の名前を呼びあっていたのだろう。
「兄さん…か」
「え?」
「いえ、何でもないですよ」
宮田が口端をわずかに上げて意味深にそう言った。彼がボソッと呟いた言葉を慶はうまく聞き取れなかったが、きっと自分と同じ事を考えているのかもしれないという直感で「そうですか」と笑みをたたえて返した。
END