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怪我の功名にはならないという例

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目を覚ますと周りには誰もいなかった。
だいぶ寝苦しさは無くなっていたけれど、起きあがろうとすればまだまだ身体はだるくて困った。ベットから首だけ伸ばして壁の時計を見るともう夕方を過ぎようとする時間だった。あれから2〜3時間は寝ていたのだろう。

コンコン、と扉をたたく音が聞こえた。

「ボス、だいじょうぶ?」
どうぞ、とドア越しに声をかけると、クロームが心配そうな顔をして部屋へと入ってきた。大丈夫だよと強がりたくとも声を出そうとすれば激しく咳き込んでしまう。情けない、非常に情けない。彼女はその様子を見て苦笑しつつ、新しい熱冷まシートを持ってきたから変えるね、とベッド脇の椅子に座った。両手でお盆を持っていて、その上にはコンビニで買ったのであろうフルーツゼリーが乗っている。そして、そのお盆を近くのテーブルに置き、俺の額に貼ってあるもうだいぶ温くなったシートをゆっくり剥がしてくれた。

「まだ、熱は高いみたい」
ひんやり、と予想していたのより幾分か冷たくない感触を額に感じ、閉じていた目を開けるとクロームが片手を俺の額に置いていて熱を計っていた。
「手、…つめたい、ね」
「さっき手を洗ったから。あ、嫌だったらごめんなさい」
「ううん、気持ちいい…」
と手を離そうとするクロームを遮って声を返した。無機質なシートより、少々冷たさは劣るけれど彼女の手の方がずっと気持ちがよい。心のあたたかさを感じるなあやさしいなあと思った。先ほどまで少し心配そうに顔をゆがめていたクロームの顔が少し和らいで笑顔になる。ああ、俺は彼女のこういうところが好きなのだ。せっかくの久々のデートが俺の不注意のせいでパァになっても嫌な顔せず看病してくれるところとかさあ!、なんて先ほど散々俺を罵倒して帰っていったやつに心で判りにくい嫌味を言ってみた。本人目の前にすると俺の貧弱なボキャブラリーのせいで逆に言いくるめられるだけだから、あくまでも心の中で(強調)

やがてクロームの手の冷たさがすっかり俺の体温に移り、代わりの新しいシートが貼られた。人工的な冷たさだけど、これはこれで気持ちがよい。すうっと熱が吸い取られていくようで幾分か身体が軽くはなった。ふと、机の上に乗るお盆のゼリーを見て疑問が浮かんだ。
「…ゼリー食べたいって、クロームに言ったっけ?」
「ああそれ、骸様が」
「骸が…?」
「うん。ボスがゼリー食べたいからって近くのコンビニに行ったんだけど、ボスがいつも好きだって言ってるゼリーが置いてないから何件か回ったみたい。」
食べられる?と言われ頷き、ゼリーを受け取ると確かにそれはいつも俺がお風呂上がりとかに食べているやつで。フルーツいっぱい入ってるのに低価格だからコンビニで見つけると結構な頻度で買っていた。けれど家の近くのきまぐれなコンビニはいつもこれを置いているわけではないのが悲しいと、いつか骸に漏らした気がする。

それを思い出して、何故か猛烈に恥ずかしくなった。なんだ、これは。
むずがゆいというか、なんというか、あの骸が…?

「骸様には秘密ですよ、て言われたんだけど…あまりにも頑張ってたから、言っちゃった」
ボス、秘密よ。と口元に人差し指を持っていき微笑みながら言ったクロームを傍目に、俺は顔の赤さを熱のせいにして、誤魔化すようにゼリーを口に突っ込んだ。

口の中の熱さに、ゼリーとフルーツがひんやりとさわやかな甘さと共に染み入った。


     
                怪我の功名とは言うけれど